8月21日、東京国際フォーラムホールCにて初日を迎える「ブラスト!:ミュージック・オブ・ディズニー」公演プログラムで、クリエイター陣のインタビュー、対談、そして四人の日本人キャストの座談会の記事を担当しています。皆様おなじみのディズニーの曲の数々でつづられる「ブラスト!」、楽しみです。それにしても。今週末は高円寺阿波おどり。夏ももう終わりですね。
 2015年12月31日夜。インスピレーション大賞へと続く一連の文章を書き上げた私は、「壮一帆YEAR END DINNER SHOW」(ホテルニューオータニ)のテーブルに座っていた。自宅で過ごさない大晦日は久しぶりだった。「NHK紅白歌合戦」は録画で観た――美輪明宏の「ヨイトマケの唄」が凄絶だった。そして草g剛の覚醒の光――。
 大晦日には例年だったら「紅白歌合戦」を見ている方も多いでしょうということで、この日のディナーショーでは“一人紅白”の趣向が凝らされていた。衣装は白いパンツスーツから赤いドレスへ、男歌と女歌とを交互に歌う。
 ――12月初めに体調を崩して、その後、観劇できなかった。22日のKバレエカンパニー「くるみ割り人形」でやっと劇場に行くことができて、それ以来の観劇。大晦日の常として、一年を振り返りながら、壮一帆の歌声を聴いていた。そして悟った。
 ――かっこつけたかった相手がいた。まあ、私に言わせれば、その相手というのも私に対してはかっこつけるところのある人なのだけれども。その人の前では万能でいたかった。だからもう、体力の続く限り、劇場や会見に足を運んでいた。ありとあらゆるジャンルに精通していたかった。秋はほとんど休む日もなく、その合間にはシンガポール出張もあった。その上、7月には夫が海外勤務から4年ぶりに帰ってきた。久しぶりにご飯を作れる相手のいることがうれしくて、何だか張り切ってしまっていた。長らく太っていたから、自分が太っている身で夫に「健康のためやせて」とは言えないなあと思って、だから自分は夫の健康管理に心を尽くす良妻にはなれないのだと、長年そのことがコンプレックスだった。けれども、自分自身がやせた今なら、健康に気を配った食事を作って、そのセリフが言える。昼と夜と、観劇や仕事がダブルで入っている日は、合間に家に帰ってきて夕ご飯の支度をして、自分は昼も夜も座って食事することなく、支度しながら適当につまんで終わりにしていた。――直接の原因は確かに他にあるのだけれども、そんな生活を続けていたこともあったから、体調を崩してしまったのだ。最初は情けなかった。悔しかった。けれども、これはもう神様に強制休養を命じられたのだと思うしかなかった。今までとは違う生き方、時間の過ごし方をするしかないと諭されたのだと思った。
 そして、壮一帆の歌声を聴いていると、不思議と、……自分でないものになろうとしてあがくことなど決してない、そう思えてくるのだった。今のままの自分でいい。私は自分以外の何者にもなれない。私を愛してくれる人は、決して偽ることのない今のままの私を愛してくれる人だろう。私がまず誰より自分自身を愛することができるようにしてくれる人が、真に私を愛してくれる人だろう。何もあんなに無理を重ねて、自分ではないものになろうとすることはなかったのだ。そう素直に思えて、私は赤子のように泣いていた――。
 ラストには「You Haven’t Seen The Last Of Me」が歌われた。2012年のディナーショー「So In Love」のラストでも歌われていた曲である(<“I Haven’t Seen The Last Of You”〜ディナーショー「So In Love」の壮一帆http://daisy.eplus2.jp/article/398950437.html
>。これからも、人々が観たことのない新たな壮一帆を見せていくのだろうと思った。そして私はこれからも、今まで観たことのない壮一帆を観、書き記していくのだろうとも。それにしてもこのとき着ていたドレスは実に趣味がよかった。濃紺のベルベットのドレスで、上半身からほっそりと裾を引く仕立て。きゃしゃな人だけにしか許されない装いで、眼福だった。

 2015年から2016年にかけて行われた「カウントダウンパーティ」にも壮一帆は登場した。「明日に架ける橋」を耳にして、またもや涙がこぼれた。亡くなった父の愛唱歌――(<手放した風船〜宝塚花組公演「ファントム」の壮一帆その2http://daisy.eplus2.jp/article/224627091.html>。彼女の歌声に、心の中から甦る父親の歌声が重なって聴こえた。
 新年の瞬間を、家族以外の大勢の人々と共に迎えるのは生まれて初めての経験だった。そして壮一帆はSMAPの「世界に一つだけの花」を歌ったのだけれども、実に不思議に聴こえた。このとき彼女は膝よりちょっと長いくらいの、ワインレッドとパープルのあわいのような落ち着いた色調が美しいドレスをまとっていた。新年の瞬間に布を引き抜くと、その下のパニエに「2016」とアップリケがしてあるという趣向で、非常にキュートな装いだった。その姿で歌う「世界に一つだけの花」が非常に力強く、包容力に満ちあふれているのである。通常ドレス姿の女性から想像する歌声とは違う力強さ。かといって、男役から女優に転換中によく観られる中途半端な姿というのでは決してなかった。
 とっさに思い浮かべたのは美輪明宏である。美輪明宏も美しいドレス姿で歌って、けれどもその中から非常に強い男性が見える瞬間がある。男性性と女性性とが違和感なく共存している。繊細で細やかな心配りと、傷つき悩める人々を丸ごと抱擁するような包容力とを兼ね備えている。それが、美輪の歌の表現を非常に奥行きと広がりのある、強いものとしている。究極的にはそれにも通じる境地だった。それはやはり、壮一帆が宝塚の男役を経験してきたからなのだろうと思った。男性のもののように思える力強さも包容力も、普通に女性の中にあって、けれどももしかしたら、実社会、実人生ではあまり盛大に発揮する機会がないものなのかもしれない。けれども、男役を経験するということは、自らの内にあるそのような要素を引き出し、発揮する機会にも大いに恵まれるということである。キュートな姿で、世界中の人々を抱擁するような力強い包容力を発揮したっていい。それは、女性にまつわる新たな発見の瞬間だった。私の2016年は、こうして始まった――。
 もしも自分の命が非常に限られたものであったなら――と考えたことがある。見たり行ったり食べたり買ったり、そういった願望はある意味もちろんきりがない。けれども、これまで割に好きなことをして生きてきたので、それは大丈夫だと思った。愛する人々とできるだけ多くの時間を過ごしたい、それが一番の望みだと思えた。そして私の場合、“愛する人々”の中には、家族や友人に加えて舞台人も多く含まれているのだった。人生で多くの時間を劇場で分かち合ってきた人々。
 その筆頭に熊川哲也を挙げたとしても決しておかしくはないだろう。20代で出逢い、この人を書くことで自分の文章を磨いていきたいと願った、元祖インスピレーション。
 熊川は7月のKバレエカンパニー「Triple Bill」で「アルルの女」を踊った。ローラン・プティがジョルジュ・ビゼーの楽曲に振り付けたこの作品には、青年フレデリと彼に思いを寄せる村娘ヴィヴェット、そしてフレデリが一途な愛を捧げる、舞台上には一度も姿を見せない“アルルの女”が“登場”する。ヴィヴェットの思いをわかってはいても、フレデリは“アルルの女”を忘れることができない。立ち去るヴィヴェット。そして狂気にさいなまれ、窓の外へと身を投げるフレデリ――。
 フレデリの姿を、此岸と美の彼岸とに引き裂かれたものとみては少々類型的なアナロジーに過ぎないのかもしれない。熊川はといえば、自分から奪われたら狂うであろうものについて踊っていた。自分に愛を教えたものについて踊っていた。2014年の「オーチャード25周年ガラ」で踊ったときより、狂気の表現が凄みを増していた。――その姿を観ていて、私も、自分から奪われたら狂うであろうものについて思っていた。愛する人々と過ごす時間。劇場の客席で観客として過ごす時間。昨年暮れ、体調を崩して劇場に行けなくなり、半月後にようやっと出かけていって観た、熊川演出・振付の「くるみ割り人形」が、干上がった心の砂漠を慈愛の雨のように潤してくれたことを思った。私にはその時間が何より必要なのだ――。かつて私は、自分が狂っているのかこの世が狂っているのか、どこか勝負を挑むように生きていて、自分は孤独だと思っていた。今は違う。人々の中に生きていて、その人々との時間が奪われたら、孤独で、狂ってしまう。何年かのうちに自分は変わったのだと思った。
 そして私は、奪われたくなくて、奪われないためにはどうしたらいいかと考え、自分なりに必死で力を尽くしたものについて考えた。熊川哲也と劇場で過ごす時間――。
 ダンサーならば、引退についてどうしても考えないわけにはいかない。そして、引退してしまえば、その相手と劇場で時間を過ごすことは不可能である。けれども。その人物が演出家、振付家としても才に恵まれていたとしたら? その人物が創った作品を観られるということは、その人物と劇場で時間を過ごせるということである。私は躍起になった。傍目からすれば少々躍起になりすぎて見えたかもしれない。「君があんな書き方したら、熊川くんだって創れるものも創れなくなっちゃうよ!」と、ある芸術家にたしなめられたことは以前書いた。でも、私は必死だったのである。何より、その人物に、踊っている自分にしか価値がないと思って欲しくなかった。
 そして、熊川哲也は演出家・振付家として見事花開いた。その上で、私の文章が多少なりとも何かの助けになったのだとすれば、それで十分なのである。
 そんな思いで「アルルの女」の舞台を観ていた。狂気を観ていた。演出家、振付家としても優れているその人は、その上で、やはり優れたダンサーなのだった。――その姿を観ていて、例えば、……壮一帆みたいな女の人に生まれたかった!……と思ったように、熊川哲也のように生まれたかったと思うかといえば、それは違う。私はやはり、踊る熊川哲也を観ていたい。その肉体が舞台上で生きる姿を観ていたい。そして、そのような人生に生まれて、熊川哲也と同時代に生まれて、自分は幸せであると心から思った。そして私は、いつの日か、彼も、私も、歴史の一部となり、遠く俯瞰される時をまざまざと見ていた――。
 実は私、6月くらいから夏バテ先取り? でときどきぐったりしていたのですが。昨夜、「ビニールの城」初日(6日19時、シアターコクーン)を観劇して気合が入った! あれこれ思い悩んで暗くなってる場合じゃない! 多くの仲間と共に、より広く大きな世界に飛び出していかねば! それくらい、関わった人々の気迫がこもった舞台。7月の松尾スズキ作・演出・出演「ゴーゴーボーイズ ゴーゴーヘブン」に続く、蜷川幸雄に対する愛と敬意がこめられた舞台。
 そして、この2か月ほど、あひるは大変腹を立てており。それにしても何でそんなに腹が立ったのか、自分でもわからなくなるほどで、ずっともやもやしていたのですが。昨夜、宮沢りえ扮するビニールの中の女モモが、森田剛扮する腹話術師朝顔に空気銃を構え、撃ったとき、わかった。自分の怒りの理由が。すっとした! ありがとう宮沢りえ! そして天国の蜷川さん!
 「ビニールの城」はこの20年くらいずっと観たいと願ってきた作品なので、つきましては後日ゆっくり記したく。あれこれ順を追ってまいりまする。まずはここ最近、…美しいものはやっぱりいいなあ…としみじみ思わせてくれた舞台について。
 8月5日に帝国劇場にて初日を迎える(3日よりプレビュー公演)「王家の紋章」の公演プログラムに、公演に寄せる期待を綴った文章を寄せています。中高生のころ、「ガラスの仮面」と同じく続きを待ちわびていた作品、どのような舞台に仕上がっているのか楽しみです。