愛いっとき、そして「ダスビダーニャ」〜宝塚雪組「ロシアン・ブルー」[宝塚]
 2006‐7年の星組公演「ヘイズ・コード」で、作・演出の大野拓史は、1930年代後半のハリウッドで、“PCA(映画製作倫理規定管理局)”なる組織が“ヘイズ・コード”なるルールを盾に創作活動、映画作りに介入する様を描いてみせた。東京宝塚劇場にて上演中の雪組公演「ロシアン・ブルー」で、大野は再び、権力による創作活動への介入を描いて冴えを見せている。
 1937年、モスクワ。ロシア革命20周年を記念して、アメリカ民主党の下院議員アルバート・ウィスラーは、レビュー団を引率してこの地を踏む。だが、理由が明らかにされないまま、レビュー団の上演許可は下りない。アルバートのこの訪問の裏には政治的な野心があった。事業当局の担当者イリーナ・クズネツォワと彼は反目する。
 実は、アルバートとイリーナは、特殊な能力をもつがゆえにかつて魔女狩りによって迫害された一族の末裔同士だった。そうとも知らず、互いに一族の秘伝の惚れ薬を使い、相手を惚れさせ、利用して目的を遂げようとするが、二人して誤って自分自身が薬を飲んでしまい、互いに恋心を抱いてしまう。その一方で、イリーナは腐敗した共産党中央委員の罠にかかり、かつての魔女狩りよろしく罪なくしてスケープゴートに仕立て上げられる。イリーナの命運は? そして、アルバートとイリーナの恋の行方は? それが、物語の大きな流れである。
 「ヘイズ・コード」のときと同様、創作活動へ介入する“権力”を敢えて明確には描き出さないことで、大野は、この手の介入行為が内包する理不尽を鋭く看破する。今回の作品では、スターリンその人ではなく、そのそっくりさんとして名高い実在の俳優、ミハイル・ゲロヴァニを登場させることで、得体の知れぬ“権力”に不安を抱き、あたふたする人々の姿をコミカルに皮肉ってみせる。“敵”は常に、正体が知れない。人々がおびえ、恐れるのは、ときに、権力そのものではなく、権力の“影”に過ぎないこともある。レビュー団が上演しようとした作品の何がいったい問題なのか、それが明らかにされることはない。事業局なり政治局なりの責任者が実際何を言ったのか、そもそも本当に何かが言われることがあったのか、それすら明らかではない。「誰かがどこかで文句を言うかもしれない」、それだけの理由で許可が下りないという可能性だってなきにしもあらずなのである。
 クリエイターは、己の創作活動、クリエイティヴィティの発揮を阻害する要因とは、これと断固として闘わねばならない。その闘いの志の高さこそが、その人間の創作活動の行程を形作ってゆく。宝塚歌劇の座付き作家としての大野の力量が優れているのは、無論、芸術の行為が本来的に直面せざるを得ないこうした理不尽との闘いを、宝塚歌劇の本質、その醍醐味と両立させる巧みさゆえである。
 「ヘイズ・コード」、そして今回の「ロシアン・ブルー」において試みられたのは、1930年代から40年代にかけて一世を風靡した“スクリューボール・コメディ”の手法に則って、宝塚の“清く正しく美しく”の精神から男女の愛を描くことだった。ミュージカル映画華やかなりし頃を思い起こさせるダンス・シーンに、タップ対決も盛り込まれ(今回は、彩那音扮する実在の演出家・佐野碩による下駄ップまで!)、メイン・キャストのあて書きも的確ながら、アンサンブルの有機的な用い方も冴え渡っている。なかでも、普段あまりきちんとした光が当てられない傾向にある娘役陣の活かし方が素晴らしく、今回の作品でも、“ネコタナ”なる名前をもつ、どこか猫っぽい雰囲気をたたえた魔女軍団をコケティッシュに描いて、層の厚い雪組娘役陣にキュートな魅力を発揮させることに成功している。大野のこの有機的な作・演出の手腕は、組が新たな体制でスタートを果たす際に非常に有効である。組を構成する一人一人が、作中、そして舞台上において自分の果たすべき役割を明確に認識できるようになり、その結果、組全体にさらなる活気と創造性が生まれるという効果をもたらすからである。「ヘイズ・コード」は、星組前トップ、安蘭けいと遠野あすかの新主演コンビのお披露目公演だったが、この公演を経た星組の充実ぶりは、後に、ブロードウェイ・ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」の日本初演の大成功という形で結実した。
 今回の「ロシアン・ブルー」は、トップスター水夏希の相手役に愛原実花が就任しての、新トップコンビお披露目公演にあたる。芝居とダンスに息の合う新しい相手役を得て、水が、まさに水を得た魚のように生き生きとした舞台を繰り広げ、男役としての充実を大いにアピールする。男役・水夏希の本領は、例えば、ホットさとクールさ、都会感覚と一種の泥臭さ、男性性と女性性といった、相反する二つの要素を巧みにつなぐ繊細な美意識と、かゆいところに手が届くような細やかな優しさ、包容力にある。「こんな優しさもうれしい、あんな優しさもうれしい」と、その細やかな優しさを漏らさず拾って拾って拾いまくる相手がいればこそ、そんな水の男役としての魅力も生きる。その意味で、トップ就任後の水を誰より支えてきたのは彩吹真央に他ならない。しかし、ここで、芝居勘にも優れ、細部にまで美意識が貫かれた水の踊りの一挙手一投足に優美に寄り添おうとする愛原が娘役トップに就任したことで、水体制の雪組の可能性が爆発的に広がったことは言を俟たない。今回も、スクリューボール・コメディの常として、ケンカを繰り返しながらも互いに心惹かれてゆき、それでも恋心を惚れ薬のせいにし続ける、意地っ張りぶりが何ともいじらしい男女を演じて、水・愛原コンビ、絶好調である。薬のせいだと言い訳しつつ、「好きだー」「私もー」と愛の言葉を交わしあう様など、じれった過ぎて愛おしくなってしまう。
 それほどまでに愛し合いながらも、このカップルは終幕、別れることとなる。例えば、イリーナがアルバートと共にアメリカに渡るとか、そこまで具体的に行動しないまでも近いうちにアメリカに渡ることを決意して終わってもよさそうである。それなのになぜ、作者は、ビタースウィートなエンディングを選んだのだろう。実はここにも、大野の秀逸な演劇観、宝塚観が隠されている。
 そもそも、アルバートとイリーナがその末裔であるところの“魔女の一族”とは、一体何のアナロジーなのだろうか。直接会話をしなくてもお互い心がわかる。特殊な能力をもつとはいえ、空間移動といった大掛かりなことはできず、わずか一夜の効果しかもたない惚れ薬を作ったり、髪の毛を人形に入れてその人間を操ったり、二人力を合わせてほうきを空に飛ばすくらいが関の山の“魔法”。ときに、時の権力者にすがって生きざるを得ない“魔女”とは――?
 ヒントは、「ロシアン・ブルー」の前編ともいえる「ヘイズ・コード」にある。あのとき、安蘭けい扮する主人公レイモンド・ウッドロウは、ヒロイン・リビィに向かってではなく、客席に向かってこう歌ったのではなかったか。
 「忘れ物を探しに行こう/ガイドブックなくても/君とならば見つけられる/自分を信じて」
 “ヘイズ・コード”を明記したガイドブックがなくても、“君”とならば見つけられる、そんなレイモンド・ウッドロウの“忘れ物”とは、一度は失くした演劇・映画創作への志、演劇的良心であった。それを客席に向かい歌うとはすなわち、ここでいう“君”とは、客席にいる人間、観客であることを指し示している。そう、今回、タイトルで、一度は絶滅の危機に陥った猫の品種“ロシアン・ブルー”になぞらえられた“魔女の一族”とは、演劇、宝塚という“魔法”、すなわち、演劇的良心、演劇・創作活動への志の高さ、宝塚で言うなら何より“清く正しく美しく”の精神――レイモンド・ウッドロウが一度は失くしたもの――を信じる人々に他ならない。そして、アルバートとイリーナの別れは、“終幕”という形で常に訪れる、演者と観客の別れと重ね合わされているのである。
 “演劇”という魔法は、それを信じる者にしか効かない。女が男を演じる“男役”も、「そんなことあるか、特殊な」と言ってしまえばそれでおしまいである。何も、宝塚に限らない。すべての舞台、演劇は、その日その場で起こることを、ときに現実を超えたリアルとしてその場にいる人間が信じられるか否かにかかっている。だから、舞台サイドの人間と客席サイドの人間双方がその夢、その“魔法”を信じなければ、舞台なるものはそもそも成立しない。しかしながら、その“魔法”を信じ難くする何かが、例えば、“介入”という形で発生してはいないか。――それが、この「ロシアン・ブルー」という作品で大野が鋭く投げかけた問い、副題を借りれば、“魔女への鉄槌”なのである。
 終幕のアルバートとイリーナの別れは、だから、あまりにつらく、せつない。二人が別れてしまえば、舞台は終わる。舞台上の人々に観客がどんなに愛おしい想いを抱こうとも、別れを告げなくてはならない。
 劇場でしか会うことのない、愛しい人。二人、信じていれば、空にほうきだって飛ばせた。どんな魔法だって叶う気がした。言葉を直接交わさなくとも、心を、愛を交わすことができた。けれども、もう終わり。物語が、舞台が、信じ合う気持ちが、魔法が終われば、それでおしまい。愛しているから、今はお別れ。「ダスビダーニャ」――また心通う日まで、さよなら。

トラックバック

みんな誤解しすぎ!? 実はパパ世代の美意識かなり高かった【前編】(恋愛コラムリーダー 〜Love Column Reader〜 2012-06-12 21:12)
男性向けの化粧品が、珍しいものではなくなってきました。スキンケアに関するものや香水に限らず、ファンデーションなども販売されています。そんななか、株式会社インテージが、40〜60代男性のスキンケア化粧...
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.seesaa.jp/tb/129893024
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。