藤本真由オフィシャルブログ

黒いフリル〜宝塚・水夏希を送る[宝塚]
 男役・水夏希がもたらしてくれた宝塚歌劇論について、私は、発売中のレプリークBis vol.19に、<“行動するリーダー”水夏希を送る>と題して書いている(特集は「ウィ−ン・ミュージカルのすべて」)。さまざまなスターの退団に当たり、このブログでこうしてしたためている「送る言葉」を、今回初めて、写真も交えて誌面に記すことになった。本来ならばもっと早くご紹介すべきだったのだけれども、どうにもできなくて、発売から一ヵ月も経った今、ようやっとご紹介しているのは……、退団がさみしかったからである。取材しているときからまずい! と思うくらいに。だから、退団の日まで考えないようにしていたかもしれない。
 けれども、とうとう考えなくてはいけない日が来てしまって、……今思うのはやはり、どうしようもなく、さみしいなあということである。水夏希は、私がこうして宝塚歌劇の評論を手がけていることには意味があると、明確な形で初めて示してくれたタカラジェンヌだった。

 水が、赤十字の創始者アンリー・デュナンを熱演した「ソルフェリーノの夜明け」を観ていて、私は、大学時代の恩師、鴨武彦氏をどうしようもなく思い出していた。「ソルフェリーノの夜明け」のデュナンは、負傷兵を施設の整った病院まで送り届けようと、緊迫する戦地を無謀にも横断しようとし、周りの多くの人々にその“夢想”を否定される。そんな水デュナンを観ていたら、「世界平和は必ず実現します」と、涼しげな顔で断言してやまなかった一人の国際政治学者の姿が、思い起こされてならなかったのである。大学生なんて生意気盛りもいいところである。周りの男子学生の多くは、「平和なんて実現するわけないじゃねえか」と言い放って憚らなかったし、私自身も内心、……難しそうだよな、先生はロマンティストだな……と思っていたのである。
 それが、負傷兵を救いたいと、血気盛んな軍人たち相手に無謀にも熱弁をふるう水デュナンを観ていて……鴨先生は、世界平和の実現の困難や、反発や否定を受けることなど承知の上で、敢えて、その言葉を口にしていたのではなかったかと思ったのである。
 どんなに実現が困難であろうと、人間には、実現すべき、もしくは、実現に向けて少しずつでもたゆまぬ努力を続けるべき目標がある。それを、無理です、はい、終了と言ってしまっては、何にもならない。何も言ったことにも、何をしたことにもならない。“インテリ”とは、自分が人より知識がある、もしくは、あるかもしれない程度のことを笠に着て、ああでもないこうでもないと、したり顔で批評したり批判したりして、何かをしたつもりになっている人間に対して向けられる、もはや“蔑称”である。何かを成し遂げるためには、行動しなくてはならない。きっちりとした意味をもたらす行動を。
 ――大学を卒業して十五年目にして、恩師の教えが初めて身に沁みた気がして、私は、「ソルフェリーノの夜明け」のラスト、赤十字の大きな旗を振りながら花道を去る水デュナンの姿が、照明によって幕に影を落とす光景が、忘れられない――。

 いつ、なんどき取材することがあっても、水さんは常に平常心に見えた。本当に忙しいときもあったと思うし、実際、今、ホントに大変なんですよ〜と口にすることはあっても、忙しさに揺れる心を相手にぶつけるようなことは決してしなかった。それは、水さんが、「私は誰であれ、“対人間”をモットーにしてきた」と語る人間だったからだと思う。あなたと私は同じ人間で、それぞれに立場があって、世界は全体として成り立っている。そんな方針を常に貫いていた。それは、背負うべき責任があまりに多い、宝塚のトップスターという立場にあっては、ときにとてつもなく難しいことではないかと思うけれども。
 だいぶ前のことになるけれども、水さんが、取材していた私の着ていた黒いワンピースをほめてくれたことがある。トップスとボトムスとが異素材で、スカート部分が三段フリルになっていて、自分としてもけっこう気に入っていた。それを、「ホントかわいいですよね〜」と、例によって、勢い&誠意にあふれる感じで、ほめてくれるのである(注:かわいいのはあひるではなく、あくまでワンピース)。私はそのころ、水さんに乙女の部分が大いにあるとはそんなには知らなかったので、男役として、私には一生着こなせないようなマニッシュな衣装をビシバシ着こなして人々を魅了している人が、フリルをかわいいかわいい言っているのが、何だかおかしかったのである。
 けれども、今となっては、そのフリルをかわいいと思う気持ちを心の内に通底させて、水さんと私は、異なる立場で、宝塚歌劇に情熱を注いでいたように思うのである。そのことを、水さんは理解してくれていた、そう思うから、退団がこんなにもさみしいのである。
 歌劇団での最後の取材のとき、水さんは、「これからもよろしくお願いしますね」と言ったのである。てっきり、退団してもよろしくお願いしますね……という意味だと思っていたら、「宝塚のこと」と続けられて、……私はもう、何だか言葉に詰まってしまったのである。私は、宝塚歌劇団の人間ではないが、宝塚を真摯に愛し続けた人にそう言われてしまっては、「わかりました」と言うしかなかった。しかし、とんでもなくさみしくなって、水さんが、宝塚歌劇検定のHPで、私の書いた「公式テキスト」を、仕事上とはいえ、おもしろいと宣伝してくださったお礼を言うのを忘れてしまったことを悔いている。
 思えば、退団したら宝塚コメンテーターになってほしいと考えたのも、何とかして水さんを宝塚から去らせたくないという想いからかもしれない。実際、四組を経験した水さんの言葉には、深みがあると思うのである。「スカーレット ピンパーネル」の星組版と月組版の違いも、水さんがかつて解説してくれた組ごとの分析によって理解できた部分も少なくなかった。
 ちなみに、件の黒いワンピースだが、「水さんがほめてくれたあれを着よう」と、かなりヘビーローテーションして、着古してしまった。けれども今も、お守りのように、私のクローゼットにかかっている。

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宝塚歌劇(宝塚歌劇 2010-09-20 11:06)
先日のことです。私の友人が教えてくれたんですけど宝塚歌劇についてたくさんの資料を・・・ロミオとジュリエット / 宝塚歌劇団(阪急電鉄株式会社) (Blueさんの ...ロミオとジュリエット(宝塚歌劇..
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