祝! 覚醒〜宝塚・真飛聖[宝塚]
 過去のすべてを消し去りたい、高いビルの窓から飛び降りてしまいたい、そう思ったことがあると語る「麗しのサブリナ」のライナス・ララビーの気持ちが心からわかる。ライナスを演じる真飛聖の魂がそう、語っていた。
 けれども、自分には、宝塚の舞台が、男役があって、そして今、男役として宝塚の舞台に立つことがこれまでになく幸せなのだと、真飛聖は「EXCITER!!」の“Life Exciter!!−命の革命−”で歌っていた。泣いた。泣いて、本当にちょっぴりだけ、私は口をとがらせていた(あひる口?)。
 ……そんなにつらい想いを今まで一人で抱えてたなんて、もっと早く打ち明けてくれればいいじゃない!!! だってだって、水くさいじゃない!!! ずっと客席に座っていたっていうのに!!! と。打ち明けてっていうのは無論、舞台からですが、この場合。
 でも、ほんのちょっぴりだけあひる口になりながらも、私は心からうれしいのである。9月24日のブログでの予言通り、今回の公演中、花組トップスター真飛聖が、男役として、舞台人として覚醒したことが。そして、その立ち姿に、それは大きなポテンシャルを秘めた舞台人を見られたことが。「EXCITER!!」の最高に楽しい場面、“Men’s Exciter!!−男の革命−”で、キュートなドジっ子Mr.YUが、「チェンジBOX」に入り、麗しくもかっこいい究極の男に変身して観客の前に姿を現す、それくらいのディープ・インパクトが、その覚醒にはあったのである。

 私は決して、2007年末に花組トップに就任してからこれまで、舞台上の真飛聖が奮闘していなかったと言うのではない。宝塚の男役トップスターという存在にかける己の真摯な想いを、王座をめぐる人々の権力闘争に巻き込まれつつも最終的に真の王となる主人公タムドクに重ね合わせて演じた「太王四神記」、全国ツアーと本公演でそれぞれアランとアンドレを演じた「外伝 ベルサイユのばら」など、きっちりとした舞台を着実に務めてきた。ただ、トップスターとしての責任を真面目に果たそうとするあまりか、どこかはじけきれていないようなおとなしい印象を、何とはなしに与えてしまっているようなきらいがあった。
 今となっては、真飛自身、自分の個性をはっきりとつかみあぐねていたのかもしれないと思わないではない。何しろ、トップとなるまでの当たり役は二極分化している。「ベルサイユのばら2001」で演じた荒くれ者のアラン、「雨に唄えば」の悪声の女優リナといった役柄で強い印象を残す一方で、外部出演作「シンデレラ」の王子では立ち姿もエレガントな貴公子ぶりで魅せる。極端なのである。
 主役、トップスターよりも、二番手以下の方が色濃く、“おいしい”役どころが回ってくるということもある。トップとなってからの真飛は、周囲に自由に個性を発揮させながら、己の個性をどう発揮してゆくか、悪戦苦闘していたような気がする。
 風向きが変わってきたのは2009年の秋である。このとき初演されたショー「EXCITER!!」の“Men’s Exciter!!−男の革命−”は、「ハゥ・トゥ・サクシード」に「ビッグ」、「ヘアスプレー」に「ドリームガールズ」のエッセンスを混ぜ合わせたような、アメリカン・ミュージカルのポップなテイストにあふれたシークエンスである。ここで真飛は、ぶかぶかスーツに真ん丸眼鏡のドジっ子、Mr.YUなる役どころを与えられた。かわいらしい声での歌唱もあり、男役芸、そしてコメディ・センスがしっかり身についていない者でなければ到底魅せられない長さのあるシークエンスなのだが、真飛はここで、チャーミングな個性をフルに発揮して観客を大いに魅了した。それは例えば、終始強烈な個性で押し通した2003年の「雨に唄えば」のリナあたりと比べても、格段の進歩を感じさせた。あまりやりすぎてしまうと、コミカルなキャラは鼻につかないでもない。けれども、Mr.YUを演じた真飛は、キャラの押し出し加減や笑いの加減のあんばいが絶妙だった。
 続いて真飛は、年末年始にかけて、シアター・ドラマシティと日本青年館で「相棒」に主演した。そう、テレビ朝日系で放映され、人気を博した、水谷豊主演の刑事ドラマの宝塚版である。ちなみに、この作品の話をすると、「えっ、宝塚ってそんな舞台もやってるんですか???」と驚く人が非常に多いのだけれども、宝塚はそんな舞台もやっているのである。そして、今この文章を読んで少しでも興味をもたれた向きにはDVDでの鑑賞を大いにお勧めしたいスマッシュ・ヒットである。映像から飛び出してきたとんでもなく強烈な個性の面々が繰り広げる、抱腹絶倒でありながらも、宝塚の“清く正しく美しく”にもきっちり則った作品だった。
 しかしながら、ここで真飛に与えられた主人公・杉下右京こそ、近年の宝塚歌劇において最高難度を誇る役どころの一つだった。何しろ、ドラマ版でこの役を演じている水谷豊に似ていなくては話にならない。それでいて、宝塚の男役が演じるからこその滋味をキャラクターに与えられることが要求されてくる。しかもコメディ。ハードルの高さやかくや。けれどもここで、真飛は、周囲の超個性派の面々を自由にはじけさせ、遊ばせながらも、水谷豊の創ったキャラクターに則った、それでいて、男役という存在だけが内包する魅力をきっちりとアピールする好演で、作品の成功の最大の立役者となったのである(これについては何も私一人の意見ではなくて、テレビ朝日事業部の某嬢もまったく同意見でした)。このドラマをまったく観たことがなかった私も、宝塚版を大いに楽しんだだけでなく、今度、ドラマの方も観てみたいなと思わずにはいられなかった。

 そして、2010年秋。「麗しのサブリナ」「EXCITER!!」の二本立てで、真飛聖は遂に決定的進化を遂げた。
 「麗しのサブリナ」での真飛の役柄は、映画版ではハンフリー・ボガートが扮したライナス・ララビー。素直でまっすぐなヒロイン・サブリナの心にふれ、はっちゃけて破天荒な弟デイヴィッドに後押しされて、閉ざしていた心を開いていく、動ではなく静で魅せる役柄である。この耐える男の役どころを、真飛は、コートを羽織った後ろ姿にも哀愁がにじむ、男役の美学薫る演技で体現。派手なナンバーがあるわけではない、渋いたたずまいの中に、サブリナと接するうちに生まれる微妙な心情の変化を確かに見せていった。淡々と日々を送るかに見えたライナスの中には、ビルから飛び降りて命を絶ちたいとまで思った絶望があった。それでも彼は、ビルの下で子供たちが遊んでいるのを見て思いとどまる。実業家として事業の拡張に邁進するのも、お金儲けが目的ではなく、その事業の発展によって恩恵を受ける人々のことを考えればこそ。他人のことを優先する、心優しき人なのである。だから、事業拡張とサブリナへの愛に板挟みになり、サブリナは弟デイヴィッドの方を愛しているだろうと一度は身を引く決心をした彼が、弟に殴られ、心を決めて、サブリナの乗るパリ行きの船“リベルテ”号の甲板に姿を現すとき、観客は心から彼に喝采を送るのである。ああ、彼はやっと、自分の心のままに生きる決心ができて、愛する人と幸せになれるのだ……と。愛を選んで“リベルテ”−自由−号に乗るライナス。その晴れやかな姿は、宝塚の舞台への愛を貫き通した果てに、今、舞台人として覚醒し、真の自由をつかんだ真飛聖の姿と重なる。
 新場面も加わり、再演といえど新たな装いとなったショー「EXCITER!!」の中では、真飛聖はもう、水を得た魚のように自由自在である。オープニング、大階段での登場シーンで着用した衣装の、淡く美しい水色の何と似合うことか。そうして貴公子ぶりでアピールしたかと思うや否や、さっと紅の衣装に早変わりして、ワイルドな魅力を見せる。
 パッショネイトにタンゴを踊るその姿を観ていて、こんなに複雑な男役像を一つに収斂させるまでには、時間がかかるのも無理はない、そう思わずにはいられなかった。何しろ、星組での下級生時代から吸収してきたのであろう、実に多種多様な先輩男役の愛すべき個性が、真飛の中からそれは次々と飛び出してきたからである。真飛が新人公演でその役を三度演じた、星組トップスター、稔幸の洗練。稔の次にトップを務めた香寿たつきの“おっさん”芸。香寿の後を継いだ湖月わたるのオラオラ男前芸。どこか似た個性をもつ、四代前の花組トップスター、真矢みきの粋。星組時代の先輩、安蘭けいのドスの効いた凄みや、前花組トップスター、春野寿美礼の人智を超えた包容力も見えた。しなやかにりりしく強く、骨太に耐える粋な男役。それが、真飛聖という男役が今、達し得た境地なのである。
 そして、Mr.YU。キュートなドジっ子が「チェンジBOX」に入ると、究極の男に変身する――。これはほとんど、宝塚の男役のアナロジーである。男役・真飛聖にとっての「チェンジBOX」とは、「スカーレット ピンパーネル」におけるパーシー/グラパンの如き、役者としての根幹、本質を見せる装置に他ならない。
 だからこそ、Mr.YUとして、真飛聖という男役を成り立たせている存在が本質的にもつキュートさを発揮しつつも、決して女性の部分を見せることはないそのパフォーマンスに、私は逆に、海外ミュージカル作品のヒロインの役どころは、この人にどんなにハマることだろう……と、未来を夢想したのである。今はその男役芸を堪能していたいから、無論、先のことでいいのだけれども。
 もう、先輩男役の誰にも憧れる必要はない。今の真飛なら、海外ミュージカルでも、宝塚ならではのオリジナル作品でも、何でもござれだろう。ただ一つ、芸とは、「これでいいんだ」と思い上がった瞬間、それは笑ってしまうほどにあっけなく情けなく堕落するものだということだけ心に留めて、これまで耐えに耐えて男役芸をじっくり培ってきた精神で、今後もまっすぐに歩んでゆけば、舞台人としての未来はますます拓かれてゆくことと思う。舞台人としての覚醒を、心から祝福するものである。

トラックバック

宝塚歌劇意識調査(宝塚歌劇 2010-10-14 10:55)
宝塚歌劇について調べています。いろいろありますなぁ ブログで拾ってみました。とりあえず10件ほど藤本真由オフィシャルブログ: 祝! 覚醒〜宝塚・真飛聖しかしながら、ここで真飛に与えられた主人公・杉下..
このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.seesaa.jp/tb/165637243
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。