藤本真由オフィシャルブログ

“He wants the wilderness”〜宝塚花組「愛のプレリュード」の壮一帆&「Frost/Nixon」
 「愛のプレリュード」で壮一帆が扮したジョセフ・バークレーは、真飛聖が演じた主人公フレディー・クラークの、国家警察の捜査官時代のよき相棒だった。告発した密輸組織の残党に撃たれ、昏睡状態となったフレディーは、五年の年月を経て、雇われボディーガードとして懐かしき街サンタモニカに戻ってくる。ジョセフは警察を辞め、不動産業を営む青年実業家に転身していたが、その正体はといえば、禁酒法時代に酒の密輸にも手を染める闇のブローカーだった。捜査官時代と変わらぬ正義感に燃え、自らの命を危険にさらしながらも人の命を守ろうとするフレディーと再会し、ジョセフの心は揺れ動く。
 トップ&二番手男役が銀橋で対峙する場面は、宝塚歌劇観劇の醍醐味の一つである。人と人とが自らの全存在を賭けてぶつかり合う様が、観る者の心に強烈な印象を残す。「愛のプレリュード」においても、今は道の違ってしまった真飛フレディーと壮ジョセフが、銀橋においてセリフをやりとりする忘れがたいシーンがある。ジョセフは語る。フレディーという同志をなくしてからも、自分は相棒の分まで戦おうと一人で犯罪に立ち向かっていたが、告発した凶悪犯が上層部を金で買収、結果、無罪の判決が下ったことを。ジョセフは言う。「この世に俺たちの目指した正義などない。金こそが正義に勝る真実の力なんだ」と。そんなジョセフを諭すかのように、フレディーが、どんな大金でも手に入らないもの、すなわち、命の大切さを語る。
 このセリフを語る銀橋上の壮ジョセフは、フレディーに何とか否定してほしいと願うかのようだった。本当は、ジョセフ自身が一番、自分の言葉を信じたくないのだった。この世に正義などなく、金がすべてなのだと、誰よりジョセフ自身が思いたくないのだった。けれども、同志フレディーが倒れ、一人で戦おうとしたとき、この世に正義も、真実もある、金がすべてではないとジョセフに信じさせてくれる人間はどこにもいなかった。フレディーの他には。弱い人間なのである。それとも、人間とはそういう弱さを内包した存在なのかもしれない。自分を理解してくれる人間はこの世に誰一人いないと思ったとき、どれだけの人間がそれでも己を貫き通せるだろうか。だからこそ、ジョセフはフレディーに自らの言葉をそんなにも否定してほしいのである。フレディーが言うならば、この世に正義はあると信じられるから。フレディーが言うならば、自分のそんな考えは間違っていたと素直に認められるから。自分にとって、その人ならば――。
 そんな壮ジョセフの姿を観ていて思い出したのが、2006年にロンドン・ウエストエンドで観たピーター・モーガン作の舞台「Frost/Nixon」の中のセリフ、「He wants the wilderness」だった。
 「Frost/Nixon」は、ウォーターゲート事件による辞任から三年後、元アメリカ大統領リチャード・ニクソンから、イギリス人テレビ司会者デイヴィッド・フロストが、それまで誰も成し得ていなかった謝罪を引き出すまでを描く作品である。このインタビュー番組を足がかりに、フロストはアメリカテレビ界進出を、ニクソンは政界復帰を目論んでおり、二人の男はインタビューという名の戦場で、息詰まるような駆け引きを繰り広げる。
 デイヴィッド・フロストは軽佻浮薄な、少なくとも、世間からはそう思われているテレビ司会者である。ビー・ジーズを取材していたお前が、リチャード・ニクソンに何のインタビュー? と呆れられたりもする。インタビュー収録当初、彼はニクソンを気持ちよくしゃべらせすぎてしまい、着実に稼いでいくべきポイントをまったく稼げていないと、共に調査と取材に当たってきたチームのメンバーから非難を受ける。次回、最終収録のテーマはウォーターゲート事件、いよいよ決戦のときとなったある夜、フロストのもとにニクソンから電話がかかってくる。ニクソンは語る。我々は二人とも、エスタブリッシュメント層に対して戦い、何とか認められたいと願ってきた同じ人種である、そのことに気づいたと。フロストは指摘する。けれども、我々のうち一人しか勝てないと。ニクソンは答えて言う。その通りだ。今回の戦いで名声を得られるのは一人だけ、もう一人には”wilderness”、荒野が待っているだけなのだと。
 そして最終収録。ニクソンは大統領としての自分が犯した過ちを認めそうになり、ニクソン陣営はインタビューを一時中断させる。謝罪への最高のチャンスを逃したのではないかと気の逸る自陣営の面々に対し、フロストは冷静に答える。大丈夫だ。彼は他でもない、僕にとどめを刺されることを望んでいる。”He wants the wilderness――彼は荒野を望んでいる”と――。
 リチャード・ニクソンは、インタビューでの対話を通じ、どこかで思ったのだと思う。デイヴィッド・フロスト相手にならば謝罪してもかまわないと。人間、自分の悪事をそうそう持ちこたえていられるものではない。どこかで自分の罪を認めて償いたい。ただ、そのためには、謝罪する相手が誰でもいいとは限らない。どうして自分がそんな過ちを犯すに至ったのか、そのことを深く理解してくれる相手でなければならない。
 リチャード・ニクソンにとって、荒野へと導く相手はデイヴィッド・フロストでなければならず、ジョセフ・バークレーにとって、荒野へと導く相手はフレディー・クラークでなくてはならなかったのである。
 はたして、再開されたインタビューで、ニクソンは自分の罪を認めて謝罪し、自分の政治的生命は終わったと自ら宣言する。その後については戯曲では描かれるものではないが、政界復帰をあきらめたニクソンは、外交問題に強い長老としてのポジションを築き、パブリック・イメージをある程度まで修復することに成功する。ちなみに、映画版「フロスト×ニクソン」にも、舞台版のフロスト/ニクソンとしてすばらしい演技を披露したマイケル・シーンとフランク・ランジェラが同じ役で登場しているが、なかでも、この世界で神にも次ぐ権力、アメリカ大統領の座を手にしたものの、卑屈と高慢ゆえに過ちを犯してしまった一人の人間の魂の悲哀を描き出すフランク・ランジェラの名演に、監督のロン・ハワードが惚れ込んだことが如実に見て取れる仕上がりとなっている。
 「愛のプレリュード」においては、フレディーの言葉に心動かされたジョセフは、ナチスドイツの片棒を担がされそうになっていたのを思いとどまってこれと対決、フレディーをかばって銃弾に倒れる。脚本を演者が埋めねばならない「愛のプレリュード」において、壮一帆はジョセフ役として実にさまざまな演技を試みていたけれども、個人的には、一度は周囲に屈し、目指すべき美を見失うも、相棒の真摯な生き様によって再び美に生きる決意を固めた芸術家の魂をこめて演じた回が、もっとも痛切に心に残っている。

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歴史的インタビュー"The Nixon Interviews"に学ぶ質問力(マンツーマン英会話プライベートレッスン・英語個人レッスン・ETC英会話は初歩からビジネス英語まで  2012-01-12 16:18)
 ETCマンツーマン英会話のブレンダン先生のアドバイス。「話し上手になるには、まず聴き上手になること。」 では、優秀なインタビューアーとして参考にできる人は?...
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