藤本真由オフィシャルブログ

「大逆走」
 8月の壮一帆firstコンサート「Feel SO Good」でシアターコクーンの舞台に立った壮一帆が、……ここは本当にいい劇場だな……と歌いながら思っているのが伝わってきた。そうだよ! だってここは串田和美と蜷川幸雄が育んできた劇場だもの! と、私はかつてコクーンで観た美しい舞台の数々を記憶の中から甦らせながら、彼女の歌声を聴いていた。
 劇場の記憶。シアターコクーンで10月に上演された「大逆走」作・演出の赤堀雅秋は、そんな“劇場の記憶”とまずは格闘する。串田が演出したコクーン歌舞伎「三人吉三」(2014)のあまりにシャープにかっこいい雪の中での立ち回りは、今年、とある劇場であからさまな模倣を観てそれは驚いたものだったが、「大逆走」における赤堀のそれは“引用”である。ところかまわずシェイクスピアの「ハムレット」のセリフを練習し始める夫婦が登場するのもまた、この劇場で蜷川演出をはじめとする「ハムレット」が上演されてきたことへのオマージュだろう。「Feel SO Good」では、壮一帆が和服姿で扮する“スナックエリコ”のママ、エリコが、客という設定で現れたその日のゲストとデュエットする場面があったのだが、いきなり流れ出した「3年目の浮気」のイントロを聞いたエリコママが、今の気分と違う…と「♪馬鹿いってんじゃないよ」の最初のフレーズにさしかかる前に切ってしまい、結局は「ロンリー・チャップリン」をデュエットする。興味深いことに、「大逆走」では、北村一輝演じる主人公の前に、三途の川から引き返してきたという父親がラジカセを持って現れ、デュエットしようと言って流すのが「♪馬鹿いってんじゃないよ」のフレーズのエンドレスリピートなのである。私は即座にエリコママを思い出したが、その記憶を赤堀自身と共有しているのかどうかはさておき。そのような数多の記憶を背負った劇場において、では、今の自分は一体何を見せられるのか。赤堀はそんな問いをまずは提示してみせているわけである。そうしてその問いに、愚直なまでに誠実に取り組んでゆく。
 その姿勢は、人として実に清々しい。自分を大きく見せようとか、自分でないものに見せようとか、芸術家ぶって見せようとか、そういった衒いや気取りは一切見受けられない。今、自分が面白いと感じ、できることのすべてを見せる。宝塚に真風涼帆という男役がいて、早くから抜擢されても、決して浮つくことなく、今の自分にできるベストを尽くすという姿勢で歩んできた。その結果、真風は、芸の面で一度も後退するということなく、着実に前へ前へと進んで、次代の宝塚を担う人材となったのだが、赤堀の人としての誠実さもまた、真風のそれに通じるものがある。
 作中、登場人物たちが集う酒場のトイレはどうやら異界に通じているようで、それが一体どんな異界なのかは一切わからない。それを言い出したら、既に死んでいるらしい人物が登場したり、多くがはっきりとは説明されないままで、それでも三時間あまり、よくわからない! それでも観ていて面白い! と興味を削がれることのないというのは、一体どのようなメカニズムなのだろう……。募金箱を持って逃走した後輩を追いつ抜かれつするシーンなんて、並んで走っているうち、前になったり後ろになったりする。それだけと言えばそれだけなのに、もうとんでもなくおかしいのである! それが演出の醍醐味であり、演者の力というものだろう。大倉孝二や峯村リエ、大鷹明良ら、個性にあふれたキャストが揃っていたが、稽古場で恐らく楽しい“play”の時間が持たれ、それを観客と分かち合うべくシアターコクーンに持ってきたのだろうなと感じさせるものがあったし、そうして楽しい時間を分かち合えたことを観客として本当に幸せに思った。ちなみに、ところかまわず「ハムレット」を練習する夫婦を演じていたのは池田成志と秋山菜津子。二人の巧みなセリフ回しを聞いているだけでこれまた面白くて、池田ハムレット、秋山オフィーリアを観てみたい、赤堀演出のシェイクスピア作品も観てみたいと思わせるものがあった。劇作家として、演出家として、何より人として、舞台作品に対するその誠実な生き様には心打たれるものがあるし、そうやって着実に一歩一歩歩んでいく人が結局は遠く高く進んでいけるような気がしてならない。今後の赤堀作品にも大いに期待するものである。

(10月9日19時初日観劇)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.seesaa.jp/tb/431592283
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。