藤本真由オフィシャルブログ

Kバレエカンパニー「ドン・キホーテ」[バレエ]
 3月11日14時の部観劇(オーチャードホール)。
 「ドン・キホーテ」ってこんなにもおもしろい演目だったんだ…と改めて思った。どちらかというと、物語を楽しむというより華麗なテクニックを楽しむ演目のように思えていたからだけれども、熊川哲也芸術監督の手にかかれば、登場人物たちが生き生きと息づく。まずは、街の人気カップル、キトリとバジルの恋の行方と、それを取り巻く人間模様が賑々しく描き出される。アンサンブル一人一人まで、この街に生きている人間なのだときちんと伝わってくる細かな目配りと、演じる一人一人の意識。そこに、騎士に憧れ、キトリを見て崇拝するドルシネア姫だと勘違いするドン・キホーテと、彼に付き従うサンチョ・パンサのデコボココンビがしっかり絡んでくる。風車に突進して意識を失ったドン・キホーテが見る夢の情景は、バレエならではの美しい、そして意味深長にも感じられる幻影である。バレエにおいてはドン・キホーテの影が薄いことが多く、この作品をさらに深めるとしたらこの夢の情景を含め彼のキャラクターを深めていくんだろうな…と思っていたのだが、この役を演じる“Kバレエの至宝”スチュアート・キャシディの存在感際立つ演技と、場面場面でドン・キホーテとサンチョ・パンサをしっかりその他の登場人物に絡めて描く演出が効果大である。
 芸術監督演出の舞台を私が愛するのは、そこに確かに“愛”があるからである。主役カップルの愛だけではない。芸術監督が愛をもって一人一人にきちんと目を配っているからこそ、出演者全員が舞台にきっちり息づくことができる。バレエでも演劇でも同じことだが、演出家の目配りが全員に行き渡っていなかったりすると、出演者の目線はどこか宙を泳いで客席にまっすぐ届かなかったりするものである。
 芸術監督がローザンヌ国際バレエ・コンクールでゴールド・メダルを獲得したのも、英国ロイヤル・バレエ団でプリンシパルに昇格したのも、「ドン・キホーテ」を踊ったときだった。芸術監督にとってはそれだけ思い入れの深い演目であって、彼がこの音楽を聴くと感じるさまざまなときめきが十二分につまっているからこそ、こんなにもおもしろい舞台に仕上がっているのだと思う。非常に心満たされた状態で創っている舞台なのだ…ということが伝わってきて、そうなると、オーチャードホールが何だか、美の祈りを捧げる厳かな聖堂のように感じられてくるから不思議である。

 さて、この日、主人公バジルを踊って、入団2年目の篠宮佑一がセンセーショナルな主役デビューを果たした。登場、まずは好いた者同士のじゃれ合いで、キトリに強引にキスしに行ってかわされるくだりがかわいらしい。そして、お金がないという理由でバジルとの結婚に反対するキトリの父から財布をこっそり頂戴し、「お金ならあるよ」「あったのか、…いや、これ、俺の財布じゃないか〜」のやりとり、メリハリのついた芝居で笑いを誘うあたり、演技の巧さに感心。そして、客席が乗ってきたのがわかったのか、踊りも含め舞台がどんどんテンション・アップ。極めつけは、「ドン・キホーテ」といえばおなじみ、結婚式のグラン・パ・ド・ドゥ。会心の踊りだったのだろう、ソロが終わった瞬間、ニッカーと笑ったのである! …こんなに笑顔全開の人、あんまり観たことないかも…と、こっちもつられて思わず笑顔。すると、彼の高揚が伝染したようで、続いて踊るダンサーたちもみんなニコニコ。楽しい作品だから、幸せな結婚式の場面だから、それがぴったりなのである。終幕に向けみんなが楽しくなって、そして、篠宮バジルはといえば、もうもう振り切れてしまい、踊りのキレは冴え渡るわ何だか面妖なポーズは出そうだわ…。よくぞ初主演でここまで踊り切った! という感動の涙と、…あの、今あなた相当おもしろいことになってますよ〜というおかしさへの笑いとで、泣き笑いでフィナーレを迎えたあひるであった。振り切れておもしろいことになっている、その様が愛おしいのを目の当たりにしたことのある舞台人はといえば、それこそ芸術監督然り、壮一帆然り、四代目市川猿之助然り、…でも、初主演でここまで行った人、他に観たことあったかな…と記憶を探って、思い出した。「スカーレット ピンパーネル」新人公演初主演の紅ゆずる。
 舞台上の人々と客席の人々とを自分のエネルギーで巻き込んでいけるという意味では主役向きなのだと思う。そして、おもいっきりキザに決める、その様が微笑ましく似合うという意味では芸術監督にも通じる魅力をもつ。若いのに何だか老成した雰囲気も感じさせるところがあり、愁いを秘めた役柄も観てみたいものである。ちなみに、明日13日の最終日には、バジルの恋敵、白塗りコミカル・キャラのガマーシュを演じるとか。それもまた幅の広い…。篠宮佑一。今後の活躍が楽しみである。

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