藤本真由オフィシャルブログ

羽生結弦は芸術家である[フィギュアスケート]
 グランプリファイナルでのショートプログラムの演技に、ソファに並んで座って一緒に観ていた夫としばし、絶句してしまった。久々、ガツンと来る衝撃。
 羽生結弦は芸術家である。11月のNHK杯で同じショートプログラムを観たときからわかっていた。使用曲は今年亡くなったプリンスの「Let’s Go Crazy」。1984年の大ヒット曲である。当時カナダに住んでいて、MTV文化にどっぷりはまっていた私は、この曲のプロモーション・ビデオを何百回観たかわからない。骨の髄まで音の微細なニュアンスが染み込んでいる。その楽曲を、NHK杯での羽生は余すことなく表現してみせた。ジェフリー・バトルの振付も非常に優れているのだが、どことなくゴスペルを思わせる出だしとそこにかぶさるセリフ、アップテンポの本編、そしてギターがうねるラストが、フィギュアスケートの技と滑りで的確にヴィジュアライズされてゆく。フィギュアスケートを観ていて、ジャンプの際、音楽とずれているなと感じることがしばしばあり、それはアクロバティックな大技の特性上やむを得ないことのように思っていたけれども、羽生の「Let’s Go Crazy」はジャンプさえもが表現の一部たり得ているのだった。トリプルアクセルを決めた直後に左足を高く上げるしぐさなど、音楽にぴったり合っていて、おおという感じ。
 フィギュアスケートは点数競技である。高い点数が勝利を担保する。しかし、羽生の場合、点数を稼いで他選手と戦うことだけでなく、また別の闘いを同時に行なっているように見える。己が表現したいものをスケートによって、盤上に描き出せるかという闘い。すなわち、芸術家の闘いである。神に向かっている。交信している。もちろん彼は、点数の高さを楽しむ観客がいることも承知していて、さまざまな楽しみ方があっていいと考えているあたり、壮一帆の姿勢とも通じるものがある。
 さて、10月のスケートカナダの際には、どうもスケートの神様が降りて来なかったようである。NHK杯では神は降りた。フリーでも、天変地異をはじめとする大自然の脅威への向き合い方に、熊川哲也にも似た姿勢を感じた。そしてグランプリファイナルのショートプログラム。――ああ、表現したいことが、ここに来て楽曲を超えてしまったんだ――と思った。気持ちが勢いよく先走って、だから表現としてはNHK杯のときの方がよかったかもしれない。けれども、表現者としてそうして凄まじく進化していく姿に、衝撃を覚えたのである。文章がぐるぐる頭の中をめぐって、興奮してしまってその夜なかなか寝つかれなかったほどに。
 己に与えられた才能で、フィギュアスケートの芸術的可能性を拓いてゆく。芸術家羽生結弦の美の闘いに、今後も注目していきたい。あ、せっかくなら、モーツァルトあたりの天才とじっくり向き合ってみるのはいかがでしょう。