Kバレエカンパニー「シンデレラ」[バレエ]
 10月27日14時の部、オーチャードホール。シンデレラ=浅川紫織、王子=宮尾俊太郎。
 今年、夏バテがひどくて、一時期家にずっとこもりきりになってしまい、夫も例年になく海外出張が多く、近所に住んでいる母が一日一度やってきてやっと話し相手にめぐり会える、そんな日すらあった。だから、「シンデレラ」を観ていて、話し相手がいないシンデレラの孤独が、これまで以上にひしひしと身に染みて感じられた。私の場合は本を読むことはできたから、さまざまなジャンルの書物を通じて想像をふくらませていた。自分自身が活動できないときは、想念の世界に翼を羽ばたかせて生きるしかない。今回、一つ思ったのは、そもそも、シンデレラと義理の母&姉たちはどうしてそんなに仲がこじれてしまったのだろうということである。生まれながらにして意地悪という人がいるとはちょっと想像しがたいし、父という存在を通じてどこか心結ばれるところがあってもおかしくないのにな…と。
 シンデレラは、仙女の助けを借りてお城の舞踏会に行く。孤独な彼女にとってどんなにか晴れがましい瞬間だったろう。私も、やっと体調が回復し、元気に劇場に行けた夜は、…いつも、毎日のように足を運んでいる場所なのに、もううれしくてたまらなくて、目が眩むほど幸せな思いでいっぱいだった。本当はいつもそういう思いで満たされているべきなのかもしれない。当たり前だと思っていることに、もっと感謝すべきなのかもしれない。どうしても、仕事で劇場に行くとなると、どこかちょっと緊張したり身構えたりしてしまうけれども。
 舞踏会で舞うシンデレラ。――今目にしているのがクラシック・バレエであるとか、そのテクニックであるとか、そういったことすべてを超えて、あ、シンデレラが生きて動いている! と、浅川紫織が本当にシンデレラそのものにしか見えない瞬間があった――。宮尾俊太郎も、これまでになく頼もしい王子っぷりを見せた。私は彼のちょっとクセのある芝居心が好きで、「ロミオとジュリエット」のパリスや「ウォルフガング」のサリエリといった役どころでその芝居心が軽妙に発揮されるのが大好きで、だから何だか王子の役どころだとその芝居心にふれられないように思えていたのだけれども、どうしてどうして、この日の宮尾は、孤独なシンデレラが出逢えて喜びを感じるにふさわしい、堂々たる王子の踊りだった。
 今回、ラストの演出が少し変更になっていた。――幼き日のシンデレラの回想が描かれる。お父さんとお母さんと、三人で一緒に歩く彼女の前に、仙女が姿を現す。――その情景に思い出されたのは、何故か、かつて<逢魔が時に>(http://daisy.eplus2.jp/article/416022272.html)で記した美のヴィジョン、お父さんとお母さんに片方ずつ手をつながれておうちへ帰る、少女のころの壮一帆の姿なのだった。

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