藤本真由オフィシャルブログ

「奇蹟がくれた数式」&「ベストセラー 名編集者パーキンズに捧ぐ」[映画]
 二本とも実話に基づく映画である。「奇蹟がくれた数式」は、インド人天才数学者ラマヌジャンと、彼の才能を見出したケンブリッジ大学教授ハーディとをメインに据えた物語。「ベストセラー」は、フィッツジェラルドやヘミングウェイの担当編集者として名高いマックス・パーキンズと、彼が見出した作家トマス・ウルフとを芯に据えた物語。たまたま同じ日に観たのだが、…自分はこういった、ときにほとんど恋にも似た心のつながりを描く物語がつくづく好きなんだな…と思わずにはいられなかった。
 時は1914年。独学で数学を学んできたインド人ラマヌジャンは、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジのハーディに数学的発見の手紙を出す。その内容に驚いたハーディはラマヌジャンをケンブリッジに呼び寄せることとする。だが。家族もなく無神論者のハーディは、家族を遠いインドに残し、まだ差別の色濃いイギリスへと一人渡ってきて、直感によって導き出されてきた数式、すなわち自分の発見は、女神から与えられたものだと言うラマヌジャンを理解できず、人間的な心のふれあいを持とうとしない。証明に次ぐ証明を要求され、有色人種故のさまざまな差別に遭い、そして、厳格な菜食主義者にとって命の糧である野菜さえ、第一次世界大戦下の状況で思うように手に入らなくなってきて、ラマヌジャンは結核に侵され、絶望の果てに地下鉄へと飛び込む。幸い命は助かるが――。
 自分自身、昔より少し成長したのかもしれない…と感じたのは。ラマヌジャンが、ハーディに対し、家族もなく神も信じないあなたは何者ですかと詰め寄るシーンである。自分には家族があり、神を信じていることをハーディが認めない限り、僕たち二人の間には友情はない、そういうことにしておいた方がいいと。私はこういうとき、よりアウトサイダーである側に心情的に与してしまうことが多いのだけれども、思ったのである。――でも、ハーディが家族を持たず、神を信じない、そのことを、ラマヌジャンの方でも認めない限り、友情は成り立たないのではないかと。互いに相手を受け入れること。それが友情なのだとするならば。もちろんこのとき、ラマヌジャンは病に侵され、インドに残してきた妻からは見捨てられたと思わざるを得ない状況にあり、遠い異国に一人在る。だから相手を受け入れる心のゆとりを持てと言ってもなかなか持てない状況にあるのは承知の上で、そう思った。
 ラマヌジャンは一度はトリニティ・カレッジのフェローの資格を却下される。けれども、ハーディとの二人三脚の研究の末、王立協会のフェローとして認められる。ラマヌジャンとハーディに誰より激しく対立し、その数式を自分の計算によって否定してやると息巻いていた教授を筆頭に、部屋全員が机の上を両の拳で叩いて「諾」の意を表する。嗚咽してしまった――。
 ラマヌジャンはインドに帰国、結局は病に倒れてイギリスに戻ることはない。彼を追悼するスピーチで、ハーディは次のように述べる。結局のところ、数学においても、既にこの世に存在している真実を、我々が“発見”するに過ぎないのかもしれないと。私が美について思うのと同じところに帰結する考え方なのだなと思った。

 母親がフィッツジェラルドを研究していたから、編集者マックス・パーキンズの名前は少女のころから知っていた。「グレート・ギャツビー」、「老人と海」、さまざまな名作小説を世に出した編集者である。その彼が新人作家に出会う。トマス・ウルフ。段ボール何箱分もの文章をとめどなく内から吐き出すウルフを、パーキンズは懇切丁寧に導き、ウルフの処女作「天使よ故郷を見よ」はベストセラーとなる。だが、次第に、ウルフはパーキンズのもとを巣立って独り立ちしたいと願うようになり――。
 この映画が描いている時代のフィッツジェラルドは、時代の寵児だったころから一転、書けなくなり、印税はわずか、妻ゼルダは病に倒れ、ときおりパーキンズのところに金を借りに来ている。パーキンズ家でのディナー・パーティで、そんなフィッツジェラルド夫妻に対しウルフは傍若無人な振る舞いをする。そのことが、パーキンズとウルフの仲において決定打となる。パーキンズのもとを離れ、一人旅に出たウルフは、旅先でフィッツジェラルドの家を訪ねる。自分の名前が歴史に残るかどうか、気にはならないかと。フィッツジェラルドは答える。そういうことを考えたときもあったが、今はただいい文章を書きたいだけだと。この場面、フィッツジェラルド役のガイ・ピアースの演技が実にいい。自分自身、物を書く人間として心でうなずいた。その後ウルフは病に倒れ――。
 この映画の原題は「Genius」=天才、無論、パーキンズとウルフ、双方にかけたものであろう。「奇蹟がくれた数式」同様、二人の天才を描いているというわけである。「芸術とは多分に相互承認によって芸術たり得る」と以前記したが(http://daisy.eplus2.jp/article/438274837.html)、その思いをさらに強くした。

 それにしても。名優はここぞという場面の演技がひときわ鮮やかである。「奇蹟がくれた数式」でハーディ教授を演じたジェレミー・アイアンズの場合は、ラマヌジャンの追悼スピーチの場面。「ベストセラー」でパーキンズを演じたコリン・ファースの場合は、ディナー・パーティでのウルフの傍若無人さを諌める場面。ぐっときた。