藤本真由オフィシャルブログ

「スカーレット・ピンパーネル」[ミュージカル]
 9月の「Dramatic Musical Collection2016」にゲスト出演した壮一帆が、「ひとかけらの勇気」をきりり熱唱していて、…やっぱり「スカーレット・ピンパーネル」の楽曲はいいなあ…と改めて感じたものだった。その翌月、待望の男女混合版日本初演公演が始まった。
 宝塚版は演出家小池修一郎により潤色がなされており、「ベルサイユのばら」に親しんだ宝塚の観客のため、主人公パーシー・ブレイクニーがフランス王妃マリー・アントワネットの遺児ルイ・シャルルを奪還するというオリジナル・ストーリーになっている。このたび上演されたバージョンはブロードウェイ版に手を加えたもので、宝塚版のように大人数の出演者でもなければ大がかりな舞台装置が出てくるわけでもないが、ガブリエル・バリーの演出は全体を実にすっきりまとめている。宝塚版で加えられ、今や愛され歌い継がれるナンバーとなった「ひとかけらの勇気」は、「悲惨な世界のために」なるタイトルで、異なる歌詞、異なる状況で登場する。翻訳・訳詞・潤色を手がけた木内宏昌の修辞が格調高い。
 このミュージカルにおいて、日本人男性として初めてパーシー・ブレイクニーを演じることとなった石丸幹二が素晴らしかった。“スカーレット・ピンパーネル”を名乗り、革命後の恐怖政治の嵐吹き荒れるフランスから貴族を秘かに救い出しているパーシーは、仲間以外の前ではおちゃらけ者を演じている。元は女優であるフランス人妻マルグリットが自分を裏切っているのではないかと内心では苦悩しながら。舞台上の登場人物たちの前では多面性を演じに演じるパーシー・ブレイクニーのすべてを知っているのは、物語のすべてを目撃することのできる観客だけであり、このとき、パーシーと観客との間にはある種の共犯関係が生まれている。そんなパーシー・ブレイクニーを演じて、石丸が実にいきいきと楽しそうなのである。パーシーの真実の姿はいったいどこにあるのか、その疑問がそのまま、舞台人石丸幹二の真実の姿はいったいどこにあるのかなる疑問と重なってしまうほどに。
 マルグリットは昔の恋人であるフランス政府全権大使ショーヴランに脅されており、それによって、プリンス・オブ・ウェールズの舞踏会でスカーレット・ピンパーネルに危機が迫る。彼女はスカーレット・ピンパーネルにひそかに危機を知らせようとする。そこに現れたスカーレット・ピンパーネルつまりは他ならぬマルグリットの夫であるパーシー・ブレイクニーは、スカーレット・ピンパーネルと名乗り、彼女に姿を見せることなく、その背中越しに言葉を交わす。妻さえも気づかぬ、知らぬ、夫の声。この場面の石丸パーシーのささやきが実にエロティックだった。――貴公子が似合う、非常に整った容姿の持ち主である。だが、私は不思議と彼を、異性として意識したことがこれまでなかった。その一方で、例えば「エリザベート」でトートを演じた際は、私がトートなる存在――黄泉の世界へと誘う存在――に求める両性具有性よりも男性性が多く発露されているように感じていた。それが。自分の声の力だけで妻の真の心に迫ろうとする、ひいては、彼女を愛する自分の心をも救おうとする石丸パーシーは、月に照らされ神々しいまでにきらきらと輝いていた。その姿に思ったのである。「My hero!」と――。彼女がいまだ自分を愛していることを知って歌う「あなたはそこに」――宝塚版で言えば「目の前の君」――が“舞台は最高のエクスタシー”だったのもむべなるかな。
 洒落者パーシーの数々の華麗な衣装も整った美貌で見事に着こなし、何より、ブリティッシュ・ジェントルマンとしての立ち居振る舞いが実にしっくり来る。ジェントルマンとしての根本がしっかりとある上でのおちゃらけ者のコミカル演技も軽妙至極。そして言うまでもなく、歌唱が素晴らしい。ワイルドホーンのナンバーの微細な音の高低も、耳に心地よく歌いこなす。「ひとかけらの勇気」転じて「悲惨な世界のために」でにじませる闘いの決意も心にぐっと響く。生涯の当たり役の一つだと思う。
 妻マルグリット役を演じたのは、日本初演の宝塚星組版で主人公パーシー・ブレイクニーを務めた安蘭けい。弟を救うため自らパリに潜入したり、宝塚版よりかなり威勢のいい女性になっている。終幕、剣をとって敵方とかっこよく戦うところはもう、宝塚版でパーシーを演じた彼女の姿を観たことのある観客にとっては大サービス場面。
 そんな安蘭マルグリットが歌う「あなたを忘れよう」――宝塚版で言えば「忘れましょう」――を聴いていたら、――日本初演の際の思い、月組による再演の際の思い、それはさまざまな思いが胸に去来して、涙が止まらなかった…。私は宝塚版も、そして今回のバージョンも、どちらも大好きである。今回のバージョンを観て、小池修一郎による宝塚版が実によくできていたことに改めて感じ入ったし、今回のバージョンも、宝塚版に親しんだ観客が、その親しみの思いにまったく齟齬をきたすことなく楽しめる潤色、物語となっている。「スカーレット・ピンパーネル」という作品が大好きだから、二つのバージョンがあって、そのどちらもこんなにも楽しめて、二倍以上に幸せだなと思ってしまう。その二つのバージョンをつなぐのは、両方に出演し、作品を舞台に乗せる上で力を尽くした安蘭けいの存在である――。ちょうどその後、「エリザベート スペシャル・ガラ・コンサート」の公演プログラムのための取材で安蘭さんにお会いし、そんな感想を伝えることができたのも、幸せな経験だった。
 このバージョンではジャコバン党のリーダー、ロベスピエールと、プリンス・オブ・ウェールズとは同じ役者によって演じられることとなっている。私が観劇した日に二役を務めたのは佐藤隆紀。パーシーとおちゃらけ者の部分で共鳴し合うプリンス・オブ・ウェールズを演じては、とぼけたコメディ・センスが発揮される。二幕の冒頭では、新たなナンバー「新たな時代は今」をロベスピエールとして歌い、舞台上でプリンス・オブ・ウェールズへと姿を変えるシーンがある。豊かな声量での歌唱の果て、さっと異なった姿を現した際、――何だかぞくっとしてしまった。
 この日、劇場には、作曲家フランク・ワイルドホーン氏と、彼の奥方、元宝塚宙組トップスター和央ようかさんの姿があった。宝塚版で名曲「ひとかけらの勇気」を誕生させ、そして今回のバージョンでも新たなナンバーを書き加えた作曲家と、彼のインスピレーションである奥方にも、素敵な作品、その二つのバージョンを生み出してくれたことに、心から感謝。

(10月20日13時半の部、赤坂ACTシアター)

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