「エノケソ一代記」
 主人公の田所は昭和の喜劇王・榎本健一ことエノケンに憧れ、その芸を真似て全国を回っている。率いるはエノケンならぬ「エノケソ」一座である。相手が「ソ」と「ン」の違いに気づいたときは、それはそのときである。彼自身はエノケンの芸のみならず、苦しみまでをも模倣しようとしている。エノケンが息子を失ったときは、自分には息子はいないので、とりあえず一人だけしかいない座員と別れようとする。
 全国巡業中、エノケソの前にとある人物が現れる。彼の永遠のライバル、古川ロッパとみえて、実は「“口”ッパ」(“クチ”ッパ)であった(24年ぶりに舞台役者として復帰した作・演出の三谷幸喜が、何だか後をひいてクセになる怪演)。エノケソ同様、相手が「ロ」と「口」の違いに気づくまでが稼ぎ時。彼はエノケソに言う。自分は悪いと思ってやっているが、君は悪いと思ってやっていないのが問題だと。すべての芸術は模倣から始まる。けれども、その模倣を超えようとしていないのが君の問題だと。エノケソは言う。それはそんなに悪いことなのだろうかと。
 そしてやがて、エノケンが右足を失うときがやってくる。エノケソも、どこも悪くないのに足を切断することを決意する(最初に依頼しようとした医者の名は間(はざま)、つまりは、ブラック・ジャック?!)。しかしその手術は彼の命を縮めてしまう。車椅子に乗ったエノケンと初めて邂逅できるかに思えたそのとき、エノケソは静かに息を引き取る――。
 私がまずは思い浮かべたのが、「デュラン・デュランが来るっていうから行ってみたら違った! G.I.オレンジだった!」のエピソードだった(G.I.オレンジについてはhttp://daisy.eplus2.jp/article/413289058.html)。行った人はさぞや脱力したと思う。そして次に思い浮かんだのが、新米記者時代に成田空港で経験したとある取材だった。テレビのそっくりさん番組のため、ブルース・ウィリスのそっくりさんとレオナルド・ディカプリオのそっくりさんが来日する、その様子を取材に行ったのである。彼らが普通にナップザックなどを背負って歩いてきて、我々が撮影している、その姿を見て、「きゃあ〜」と握手を求めにやって来る人々がいる。撮影しているからこそ本物のスターだとの勘違いを生む部分もあるのかもしれず、それは申し訳ないだろうと、あひるは、「あの、本物じゃなくて、そっくりさんですけどね」といちいち注釈を加えていたのだが、関係者の一人は「夢を壊しちゃだめです!」と言うのだった。夢って。自分が偽物のスターに会って喜んでいたと後で気づく方がショックではなかろうか。それとも、ずっと本物に会ったと勘違いしていた方が幸せということ? だいたい、スーパースターが自分で荷物抱えて歩いてワゴンに乗り込むわけないだろう!、どう考えても気さくすぎるし、おかしいって気づけ! とも思った。今でもどう考えてよいのか悩む思い出ではある。
 そのときは悩んだものの、あひるはそっくりさんが好きである。新婚旅行で訪れたホノルルで、そっくりさんショーのエルビス・プレスリーと夫と三人並んで写真を撮ったこともある。夫がイギリスに留学中、ロンドンを訪れた際には、劇場通いのみならず、雑誌「Time Out」でそっくりさんライブを見つけて行くのが楽しみだった。このそっくりさんライブ、グループ名、アーティスト名がそれぞれ凝っていて、例えば、Spice Girlsのそっくりさんが「Spiced Girls」だったり、ワム!のそっくりさんはそのナンバーにちなんで「Club Tropicana」だったり、雑誌のそっくりさんショーのコーナーを眺めているだけでおもしろかった。あひる自身は一度、ワム!とデュラン・デュランの物真似をする「Wham Duran」のライブに行ったことがある。デュラン・デュランの歌を歌って、途中でおもむろにサングラスをかけて、「ハーイ、ジョージ(・マイケル)だよ〜」と名乗った際には、もし手にトマトを持っていたら投げたかった。…どちらにも全然似ていなかった。でもこうして楽しい思い出の一つとして心に残っているけれども。
 こうして綴っていて、そっくりさんをそっくりさんとして受容するのは楽しいけれども、そっくりさんを本物として受容するのはどうか、そう自分が考えていることがわかる。エノケソも妻に「本物の、偽物――」と言われる。本物の偽物。本物と偽物。だが、本物とはそもそも、何なのだろうか――。
 例えば。私が宝塚について、あれでいいのか、これでいいのかとあれこれ言っていて、それを聞くと「藤本さんは本物をご存じだから」と言う宝塚ファンがいるのだった。このとき“本物”にはオペラや海外ミュージカルなどが含まれるようなのだけれども、それを言ったら、まるで宝塚は偽物みたいである。私はただ、本物の宝塚が観たいだけなのである。だからあれこれ言っている。ただ、では、本物の宝塚とは何かと問われると、これが難しい。確固たる答えが一つどーんとあるわけではない。人それぞれに思う宝塚があって、それをみんなで持ち寄って、宝塚というものが成立しているわけである。だから、「こんなの、私の思う宝塚じゃない!」、つまりは、こんな宝塚は偽物であると思った人は、容易に宝塚から離れていくだろう。
 宝塚の始まりには、オペラを上演したいとの創立者小林一三の夢があり、そして次第に海外ミュージカルの上演も手がけるようになっていった。でも、すべては宝塚化されてゆく。そうでなくては宝塚の舞台で上演する意味がない。宝塚で上演したからこそ、その作品から見出せる意味、魅力というものがあるはずなのである。それを、宝塚化されたからと言って、偽物になってしまったとするのもおかしいだろう。
 「エノケソ一代記」を観ていてもう一つ思い出したのが、ミュージカル「RENT」の表題曲のラスト一行、「’Cause everything is rent」だった。すべては借り物。時として、感情さえも。そう歌っていた彼らが、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」をベースにした、つまりは借り物の物語を生きながらも、最終的には、今この時代に生まれて生きることの意味を見出す。自らの本物の生、本物の感情を見出す。
 芸術家蜷川幸雄の境地に迫りたいからといって、車椅子に乗り、彼が受けたような大手術を何度も受け、死の淵まで行ってみたとて、蜷川幸雄以外の誰かが蜷川幸雄になれるわけではない。そしてその必要もない。経験は、感情は、究極的には異なる人物によってまったく同じものとして分かち合えるわけではない――芸術によって心が一つになってしまった場合はその僅かな例外かもしれないけれども、それでもその経験の与える意味自体は、それを受け止める人それぞれの人生によって違ってくるだろう。ただ、可能な限り相手の心に寄り添うことが、心を受け止める、受け入れる上では必要ではあると思うけれども。
 立ち上がって復活し、出演者全員とにぎやかに歌い踊る終幕も観ているのに、物語ラスト、ソファの上で一人死んでいたエノケソ――四代目市川猿之助――の姿が、いつまでも胸から去らない。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://blog.seesaa.jp/tb/445378981
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。