藤本真由オフィシャルブログ

声〜宝塚・花乃まりあ退団[宝塚]
 宙組時代、花乃まりあは新人公演や宝塚バウホール公演でヒロインをたびたび演じていたが、残念ながら観る機会に恵まれなかった。明日海りおの相手役を務めることになって初めての舞台、「Ernest in Love」を観て、その声を実に魅力的に感じた。凛として涼やかで、若干アニメ声風味でもある。そして大人っぽい。オフ・ブロードウェイ・ミュージカルのヒロインを、よけいな自意識なく思いっきり体当たりで演じていて、小気味よかった。明日海は月組二番手時代、役替わりでロミオとオスカルを既に経験していて、似合う役をトップになる前に二つも演じてしまって、この先いったいどうするんだろう…と実は少々心配だったのだが、大人の役も演じられる声の持ち主、花乃を相手役に迎えたことによって、明日海自身が演じる役の可能性が広がった部分もあるように思う。
 昨年、サリー役としてすばらしい演技を見せた「ME AND MY GIRL」の直後、花乃は退団を発表した。宝塚生活最後の作品となったのが、「金色の砂漠」。劇団期待の若手、上田久美子の大劇場公演第二作は、宝塚歌劇の可能性を大いに広げんとする意欲作である。花乃が演じるのは砂漠の国の王女タルハーミネ、そして明日海が演じるのは彼女の奴隷ギィ。宝塚のトップスターが奴隷を、相手役がその奴隷を従える王女を演じる、そんな役柄設定の斬新さを超えて、この作品が意欲作であるというのは、愛とアイデンティティのせめぎ合いという、実に複雑な心理的葛藤を、このトップコンビの演じる役柄の関係性のうちに描き出そうとしたところにある。ギィは実はかつて滅ぼされた王国の国の王子であり、王女の国を滅ぼして自らが王位に就き、王女を妃に迎える。それでハッピーエンドとはならない。王の娘、父の娘であるタルハーミネは、それを潔しとしない。一人砂漠に彷徨い出る。そんな彼女をギィは追う。二人が金色の砂漠を彷徨い、息絶える様はほとんど道行、心中である。タルハーミネは、ギィへの愛と、王女としてのアイデンティティ、それが支えるプライドとに引き裂かれた存在であり、心のうちのその断裂を乗り越えるには彼岸へと至るしかない。壮絶な愛憎劇である。そして、美しい。物語に見入るうち、私は、…子供のころ、何かの絵本で読んだ、いにしえのおとぎ話にこのような話があったのではないか、そんな錯覚にすら囚われていった。1月2日の初日前舞台稽古を見学した際、…年始早々すごい話を観た…と思ったものだが、それから半月余り経って観た際は何だか凄まじかった。舞台に、物語に圧されて、終演後、客席の空気が何だか変わってしまったようで、そういえばその二日前に新橋演舞場で観た四代目市川猿之助の「黒塚」もそんな風だったと思った。作者はかくも宝塚歌劇の可能性を信じる人なのだなと胸が熱くなった。それもやはり、演者に対する信頼あってのことだと思う。退団作で、花乃は役者として劇作家から大きな信頼を寄せられたのだと感じた。タルハーミネは難役である。トップスターを足蹴にし、ときに冷酷に接する。その際生きるのが、花乃のあの声である。凛として涼やかで。だからこそ、タルハーミネの難しいセリフを美しく通すことができる。べちゃべちゃ甘ったるい声の持ち主が演じたとしたら、目も当てられなかっただろう。
 今回、花乃はエトワールも務めている。私が最後に観た日、彼女は、…楽しかった…と宝塚生活を振り返っていた。心から、よかった、そう思った。ここに至るまでにはつらいこと、大変なこともいろいろあっただろう。けれども今、楽しかった、そう彼女は思っている。それが芸の道である。つらさや困難はあれど、その道を歩くことはやはり、楽しい。舞台人として、そんなプロフェッショナルな境地に至って、彼女は宝塚歌劇の舞台を去っていくのだと思ったら、何だか感無量だった。
 退団後、舞台に立つことを今は考えてはいないそうだけれども、もし気が向いたら、あなたのその声をまた聴かせてください。私は、あなたの声が大好きです。

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