悪の輝き〜映画「ヘアスプレー」[映画]
 「私の時間」10月号カルチャー・コーナーでもご紹介していますが、今月末に封切られる映画「ヘアスプレー」は本当におもしろい! 元の作品が好きだと、映画化や舞台化にあたっては人間いろいろ言いたくなるものですが、この映画についていえば、舞台の楽しさを損なうことなく、しかも映画というメディアの特性を生かして創られていて、感心することしきり。ミュージカル映画というと、ソング&ダンスに突入する箇所をいかにわざとらしくなく処理するかが監督の腕の見せ所だと思うのですが、オープニング・ナンバーの「グッド・モーニング・ボルチモア」の入りからして◎。これは最高! と思ったのが、ヒロイン・トレイシーが恋の大妄想を繰り広げる「ベルが聞こえる」のシークエンス。憧れの男の子に微笑みかけられただけで、「彼と私、恋に落ちて、それでそれで、最後には結婚するの〜」てなところまで突っ走ってしまう、夢見がちな少女時代を送った方なら共感できること間違いなしのナンバーで、トレイシーが女子トイレの個室に入り、トイレットペーパーのウェディング・ベールをかぶって出てきたときには、おかしいやら身につまされるやらで泣き笑い。60年代のテイストをふんだんに取り入れた衣装もファッショナブル。トレイシーが引っ込み思案のママを外に連れ出し、「ママ、時代は変わったのよ」と「60年代にようこそ」の曲にのって街角で踊るときに二人が着ているピンクの総スパンのドレスがめちゃくちゃキュート。大好きなナンバーが画面狭しと楽しく繰り広げられてゆく様に、試写室で立ち上がって一緒に踊り出したくなる衝動を抑えるのが大変で。
 キャストもドンピシャ。ヒロインを演じている新人のニッキー・ブロンスキーは、ビッグ・サイズながら何ともいえないかわいらしさあり(目のあたり、何となく奥菜恵に似ているような)。そのママ! を演じているジョン・トラヴォルタは、「夫が最近かまってくれないの……」なんてモジモジ演技が最高。そんな妻一筋のパパ、クリストファー・ウォーケンは、枯れの境地のとぼけた演技が何ともいい味。歌とダンスもこんなに巧かったなんて! 憧れの男の子リンク役のザック・エフロンは、あくまでアイドルアイドルしている古めかしさが逆に素敵。トレイシーの友達のお母さん役のクイーン・ラティファも、さすがの存在感と歌唱力を発揮して。
 しかしながら、観終わって一番心に残った人はといえば、みんなの敵、悪役中の悪役、ベルマ・フォン・タッスルを演じたミシェル・ファイファーだったりする……。人気テレビ番組のプロデューサーであるベルマは、愛娘をスターに仕立て上げたい一心で、トレイシーの恋と夢をことごとく妨害しようとするイヤ〜な女。どんな手を使っても邪魔者を番組から排除しようとし、おデブちゃんと黒人に徹底した差別意識を剥き出し、「私が昔ミスコン(“ボルチモア・カニの女王”)に勝った手を教えましょうか? それはね、審査員と寝たからよ」なんて色っぽく踊りながらさらりと歌ってしまう、共感なんておよそできっこない信条の持ち主なのに、なぜかしらん、実に魅力的。そんなベルマの考え方、やり方に反発し、黒人の友人たちと一緒にデモ活動を繰り広げるトレイシーに深い共感を覚えながらも、信条とはまったく関係ないところで、「行け行け! ベルマ!」と心の中で声援を送り、「正しいことを正しいって主張するのって、ときにものすごく野暮ったいんだな……」とまで思う始末で、どうしてこんなにベルマに心魅かれてしまうのだろう……と、途中から自分でも不思議になるほど。クライマックス、策略が破れ、トレイシーたちが勝利を祝うその瞬間、娘にまで「ママ、私たち負けたのよ」と言われてしまうベルマが、何だか哀れで、かわいそうになってきて。誰か一人くらい、同情心を示してあげる人がいればいいのに……と思ってしまった。
 アダム・シャンクマン監督も目を奪われっぱなしだったというその悪役演技の肝はといえば、つまりは、信条や心情ではなく、生きる姿勢で共感を呼ぶということではないかと……。いかに人の世からは“悪”と見なされようとも、ベルマの中で、論理は“正義”として一貫し、世界は完結している。他人の思惑や陳腐な感傷がつけいる隙なんてない。外見的にも、完璧な美貌で60年代勝負服の数々をセクシーに着こなし、いつも颯爽と登場して。悪もそこまで徹底されると、痛快だ。世間や他人を気にして生きざるを得ない小心者の人間は、絶対にそんな風に生きられようはずがないから。そんな彼女の完璧な世界が、クライマックス、見事なまでに瓦解してしまうから、何だかがっかりしてしまうのだ。ああ、まばゆいまでの魅惑の光を放っていた、悪の輝きは消え失せてしまったなと……。
 「ヘアスプレー」という作品の深いテーマとは、「この世界に生きる人はみなそれぞれに違っていて、それぞれが美しく、その美しさは他者から尊重されるべきである」ということだと思うのだけれども、信条だけ取り出してみればイヤ〜な女にしか思えないベルマだってやはり、この世界に生きる、尊重されるべき一人なのである。60年代のボルチモアで女だてらに働くベルマも、さまざまな疎外感を味わい、傷つくことだってあったのかもしれない。……と、そんなことを考えたのは、あくまでも観終わってからのことであって、最後の最後までそんな感傷をいっさい寄せつけないからこそ、ミシェル・ファイファー演じるベルマはあれほどまでに美しく、かっこいいのだろうし、ヒロインが立ち向かうべき壁がそれほどまでに大きいからこそ、ハッピーエンドもいっそう味わい深いものになるのだろうな……と思った次第。

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