藤本真由オフィシャルブログ

 一月まったく更新しなかったので各方面にご心配をかけておりましたが、またもや更新が滞り。元気なのです。それであちこち飛び回っており。
 さて、元気なあひるは半月ほど前、博多座に行ってきました。目指すは四代目市川猿之助主演の二月花形歌舞伎。ちなみに、博多座に足を運んだのは2007年夏の星組公演以来、福岡を訪れたのは2008年の星組全国ツアー公演以来。およそ十年ぶりの博多座でしたが、つくづく、いい劇場だな…と。
 今回の演目は昼の部が「男の花道」と「艶姿澤瀉祭」、夜の部が「雪之丞変化」。「男の花道」は一昨年の明治座で泣き過ぎた演目、「雪之丞変化」も一昨年の名古屋中日劇場で観て大好きになった演目と、博多座近くに住んでいたら毎日のように通いたいラインアップ。「男の花道」は、四代目演じる女形加賀屋歌右衛門と篤い友情を結ぶ医師土生玄碩役に、昨年のNHK大河ドラマ「真田丸」序盤、亡き父武田信玄の亡霊を見てしまう武田勝頼役で強い印象を残した平岳大。一昨年この役に扮した市川中車が苦労人ゆえの屈折感を滲ませた造形だったのに対し、平は先端の医術を信奉する知的エリートの自信みなぎる造形。それゆえ、当時まだ多くの人が信じるに至ってはいない自らの医術を信じ、己の手に身を任せての手術を決断した歌右衛門との間に友情も芽生えるのだなと。その玄碩の命を救うため、公演途中で舞台を降りるという、舞台人として重大な決断を下した歌右衛門。二人が久しぶりに再会し、「歌右衛門!」「せんせ!」「歌右衛門!」「せんせ!」「歌右衛門!」「せんせ!」とただただ互いの名前を呼び合うクライマックス、心と心との結びつきは、もうほとんどラブシーンだなと…。互いに心から信じる相手、その人の顔を久々に見られたことが、そしてその人と名を呼び合うことが、ただただうれしい。愉悦。それがラブシーンでなくて何であろう。男性とも、女性とも、一人でも多くの人と、そのような心の結びつきを持ちたいものだと思うあひる。それにしても。「男の花道」では皆さん、よく泣きますね。下手したら? あひるより先にすすり泣き。いや、あひるも人のこと言えないけれども。泣いている人を見かけると、「やっぱり泣いちゃいますよね!」と手を取り合いたくなり。何も、安っぽい感動を切り売りして客席を泣かせにかかっているわけじゃない。心の結びつき、愛が、確かに舞台に描かれているから、そして人は、心の奥でどこかそうしたものを求めているから、…泣いてしまうのだと思う。
 夜の部の「雪之丞変化」では、四代目の女っぷりが上がったというか、元来のかわゆさ愛らしさがますます屈託なく表に出てきたというか、雪之丞を慕う浪路との情景が、二人の美しい娘が並んでいる様を観るような妖しさで、眼福至極。中日劇場に続いて浪路を演じる中村梅丸は、心根が本当にピュアな造形がかわいらしいことこの上なし。
 さて。「艶姿澤瀉祭」である。「艶姿」と書いて“はですがた”と読む。この作品については、新作ということ以外あまりよくわかっていなかったあひる。休憩中に、劇場ロビーに置いてあった「ステージぴあ九州版」を手に取ったところ、「宝塚のようなレビュー形式の華やかな舞台になる予定」と、四代目自らインタビューで答えているではないですか! いやが上にも高まる期待。
 というのも。あひるは博多座観劇の数日前、「ステージ・ショウの時代」(森話社)という本を読んでいた。これが、どこをとっても大変おもしろく、650グラム弱400ページを持ち歩いてまで一気読み。宝塚歌劇や二代目市川猿之助(初代猿翁)についてもいろいろと示唆に富む内容だったのだけれども、その中に、昭和13年に二代目と日劇ダンシングチームが共演した「妖霊星」なる“歌舞伎バレー”の写真が載っていた。舞台斜めに階段が置かれ、その階段上と舞台上に居並ぶダンサーたちが、舞台中央の二代目に向かって手を伸ばし、二代目がはっと上に手を広げてポーズを決めている。何じゃこの異種混合感〜。めちゃめちゃ斬新でおもしろそう! …その写真を見たとき、あひるの中には新たな夢が芽生えたのだった。ちなみに、その少し前に読んだ「夢の衣裳・記憶の壺 舞踊とモダニズム」(國吉和子)によって、二代目が観たバレエ・リュス作品がレオニード・マシーン振付の「奇妙な店」(カンカン・ダンサーが出てくる)と「三角帽子」(スペイン舞踊がふんだんに取り入れられていて、舞台美術はピカソ)であることを知り。
 さて。「男の花道」でたっぷり涙をしぼられ、休憩時間に少しクールダウンして、「艶姿澤瀉祭」全6景、はじまりはじまり〜。そこでびっくりした。
 日本物ショーなのにオーケストラじゃない!
 歌舞伎である。当たり前である。しかし。“日本物もオーケストラの音楽で踊る”という宝塚歌劇の約束事がそれほどまでに、まるで脊髄反射のように自分に染み渡っていることに驚くあひる。もう一つ、改めての気づき。宝塚でもよく、「ショー、レビューは衣装代がかかる」と言われますが、そうだよな…と。なんせ衣装をとっかえひっかえしなくちゃならない。でも。澤瀉屋の面々が次から次へと着替えて出てくるのを観るのがとても楽しかった! 芝居作品と、無心に踊り続けるこういうレビュー作品とで、出演者たちが見せる顔もまた違う。三代目猿之助が鍛え上げ、四代目が今率いる、澤瀉屋の愛すべき手練れの人々について、観劇を重ねていくうち、自分の中に少しずつ蓄積がなされていくことを喜びに感じていて、充分に蓄えられたら書いていきたいな…と思っているものだけれども、この作品でまたちょっと蓄えが増えたなと。
 芸者姿になったり、着流し姿になったり、はたまた藤の精になったり、四代目、男役トップスターと娘役トップスターを一人で兼ねるかのような、一人トップコンビを務めるかのような奮闘ぶり。着流し姿で坂東巳之助&中村隼人と踊る「深川マンボ」はキレッキレ。めくるめく〜。…前から感じていたけれども改めて思う。立役のとき、四代目は、宝塚の男役時代の紫吹淳の日本物の姿に似ている。そしてここに! 宝塚史にその名を残す名ダンサー娘役、星奈優里を参戦させたい!
 第五景「炎」ではなんと、薔薇をくわえて平岳大が登場! 踊るはフラメンコ。パッショネイト! そこに、澤瀉屋の汝鳥伶兼天真みちる(あひるの心の中の呼び名)こと市川猿弥が登場! 平のサパテアード。猿弥の足踏み。平! 猿弥! 平! 猿弥! 掛け合い。高揚!
「…この人、どうして歌舞伎の舞台に出てフラメンコ踊ってるんだろう…」
 ふと思った。しかし。それがいい! その異種混合感がたまらない。「妖霊星」の写真を見たとき、あひるが思ったのはそのことだった。あまりにきちっきちっとジャンル分けされていってしまうと、どこか堅苦しくなる。窮屈になる。もちろん、各ジャンル、根底にどこか守るべきものはあって、それをみんなで、ここが守る線だろうとか、ここは踏み越えてもいいだろうとか、考えていくべきだろうとは思うし、それがそのジャンルを発展させてゆく何よりの礎になると思うけれども、精神はまず自由でいいんじゃないか。新奇な試みがあっていいんじゃないか。だからこそ二代目は日劇ダンシングチームと踊ってしまっているんじゃなかろうか。こんなにも楽しそうに。私は、「妖霊星」の写真を見たとき、昭和13年のその舞台を観た人が心底うらやましかった。そして今、胸を張って言える。四代目が創った、平岳大がフラメンコ踊ってる歌舞伎舞踊を観たら、めちゃめちゃおもしろかったよ! と。
 第六景で、四代目は出雲の阿国となって登場する。そしてラストでは名古屋山三と姿を変えて、宙乗りで上から降りてくる。手すりにはピンクの電飾。…「男の花道」の後、「宙乗り、なかったね」と言っている人がいた。まるで、森光子がでんぐり返しを封印した後の「放浪記」を観て、「でんぐり返し、なかったね」ともらすかの如く(客席で実際聞いた感想)。まさか「男の花道」で、歌右衛門が宙乗りで玄碩先生のところに来るわけにもいくまい。しかし、そんな感想をもらしていた観客も、「艶姿澤瀉祭」の宙乗りで、来た来た〜という感じで大喜び。そんなに宙乗りが観たいか! 観たい! 少なくともあひるは。そしてなぜかいつも、周囲と一緒になって、上空の四代目に向かって手を振りたくなる。振っている。不思議である。「心は一緒に飛んでるから!」という一種のマニフェストであろうか。それにしても。周囲と一緒に泣いたり、手を振ったり、四代目の舞台の客席にいると、私はとても幸せである。
 ……と、高揚しっぱなしのうちに、あっという間に終わってしまった「艶姿澤瀉祭」。50分。ほぼ宝塚のレビューと同じ上演時間。ガツンと来る日本物ショーが観たかったあひる、大満足。というか、もっと何回も観ればよかった。「雪之丞変化」共々、ぜひ東京で上演して欲しい! めくるめく高揚を口ずさみつつ帰れるよう、主題歌も欲しいくらいである。題名も「艶姿澤瀉祭」だし、宝塚の自画自賛ソングと同じくらい“澤瀉屋”を連呼する歌を。そして、「妖霊星」の写真を見たとき芽生えた新たな夢を、さらに強く思ったのだった。
 いつか四代目に、宝塚の日本物ショーを創って欲しい!
 「傾城反魂香」は大好きな近松門左衛門作品である。芸術のマジカルさが描かれた作品であると思う。絵に描いた虎が抜け出したり、これをまた画力でかき消したり。上演の「土佐将監閑居の場」では、吃音ゆえに苦しむ絵師又平(四代目中村鴈治郎)が、絶望し、死を覚悟して手水鉢に描いた自画像が、石を通り抜けて向こう側にまで表れる。この“奇跡”に、師に見事名字を与えられる。シェイクスピア作品を読んでいても、こうした芸術のマジカルさが描かれていると感じる瞬間がある。近松もシェイクスピアも、実際にそのマジカルさを知っていた人ではないかと考えるゆえんである。
 又平がなかなか出世できないのは、どもりゆえ、偉い人たちの相手が難しいため。絵師としての出世に、画力以外のものが問われていることが描かれている。日常生活では、女房おとく(四代目市川猿之助)が又平の代わりにあれこれ、ときにしゃべりすぎるくらいしゃべって、それで足りている。夫婦の間はそれでいい。又平があ、とか、う、とか言えば、おとくが万事察して、「お茶よ」とか「絵筆洗っておきました」とか、あれこれ尽くしているのだろうから。猿之助のおとくで私が好きなのは、しゃべりすぎるくらいしゃべる様に好ましい愛嬌があることと、夫の描く絵に惚れ込んでいる感があることである。夫婦愛に加え、芸術のマジカルさを描いた作品ととらえたとき、このおとくの思いは大きな援護射撃となる。
 出世難しく絶望したとき、…鴈治郎の又平はもう、ボロボロ泣いていた。手拭いで目を拭っていた。歌舞伎の舞台では、よくよく男性が泣く姿を目にするな…と思った。現代演劇の舞台ではあまりないような。そういえば三谷幸喜作品には割に多い(「国民の映画」「ホロヴィッツとの対話」等)。男だって泣きたいときもあるだろう。今の男性は泣きたくなったとき、どうしているのだろう…。そして、岩をも通すの一念を込めて、鴈治郎の又平は手水鉢に絵を描く。鬼気迫るものがあった。これが四代目中村鴈治郎襲名の舞台である。これからますます芸の道に精進すると決意したとき、この芸術のマジカルさを描く作品はいかにもふさわしいように思えた。そして、名字を許されての幸せな終幕、花道を歩いていく又平は、浮き浮きととても愛らしかった。

 「傾城反魂香」の前の「四代目中村鴈治郎襲名披露口上」では、鴈治郎の弟、中村扇雀が、このように上方で歌舞伎を上演する機会をもっと持ちたい、そう述べていた。
 …昨年三月、近松門左衛門の「冥途の飛脚」を原作とする宝塚雪組公演「心中・恋の大和路」を梅田のシアター・ドラマシティに観に行った帰り、お気に入りのレストランで遅い昼食をとっていた。…聞こえてくる関西弁。○○ちゃんが結婚するんやけど、その相手のお家の財産が、云々…。「心中」の世界と地続きだ、そう思った。作品は東京の日本青年館大ホールでも上演されたけれども、やはり何だか感覚、印象が違うのである。もちろん、宝塚大劇場で観るのと東京宝塚劇場で観るのとでも異なるけれども、作中語られる言葉ゆえ、その違いは一層浮き彫りになるように思えた。
 「傾城反魂香」を観ての帰り、なんばの停留所から大阪空港行きのリムジンバスに乗った。途中、車窓から、西区新町の長瀬産業の特徴あるビルが見えた。昨年、<「冥途の飛脚」ゆかりの地めぐり兼桜見物http://daisy.eplus2.jp/article/394996052.html>で歩いた場所である。あのあたりが新町、「新町九軒桜堤の碑」や「初世中村鴈治郎生誕の地」の碑が建つ新町北公園があり、「ここに砂場ありき」の碑が建つ新町南公園があり…。思いを馳せた。やはり、近松の世界と地続きなのだ…。その土地で、その土地に生まれた芝居を観る。日本中、世界中、同じような店が立ち並ぶ今、それは何よりの贅沢なのではないか、そう思えた。
 四代目市川猿之助が演じる狐を観ていると、何とはなしに、愛犬トラジロウの在りし日を思い出す…。
 ということで、私の亡き父の人生を彩った三匹の犬の話をします。

 父が「藤本」ではなくまだ「松延」姓を名乗っていたころ、一匹の犬を飼い始めたという。名前は松延にちなんで「エム」。ちなみに私の母の旧姓は「木野」である。「木野」と「エム」とくれば、村上春樹の短編集「女のいない男たち」の最後の二編を思うけれども、その偶然は今はさておき。
 父は語った。エムはあまり頭がよくなかった。そしてある日、こともあろうに警官にかみつき、殺さざるを得なくなってしまったのだと。私の父は無口ながらも乾いたブラック・ユーモアを得意とする人で、夕食の席で話していても、「…この表現は思いつかなかった。やられた。うぬう」とうなってしまう、ぴりりと辛いそれでいて思わず笑ってしまうような発言がときどき飛び出した。父が亡くなって何がさみしいかというと、私は父ではないのでそういった表現を全然思いつかないところなのであるが、エムについての父の語り口もそのようなものだったとご想像ください。苦笑まじりではあったが、その犬の喪失が彼の心に傷を残したことは容易にみてとれた。
 それ以来、父はずっと犬を飼いたかったのだと思う。――幸せな一家の象徴。養子に行き、違う姓を名乗ることとなった父の人生は、自分の一家を幸せなものとして守るためにあった。弟の大学受験が終わり、待望の犬が我が家にやって来ることとなった。実は、トラジロウの前に一匹、短いながらも我が家にいた犬がいた。「てつ」。てつは真っ白で、病弱で、…それがために、ワクチンを打つこともできなかった。我が家に来てからも、毎日のように体調を崩し、獣医に連れて行った。これはもはや手の打ちようがない…となって、元いたペットショップの人が引き取りに来た。私なんか愚かである。本当に最近まで、てつはペットショップで元通り暮らしたのだろうとばかり思っていた…。違った。すぐにあの世に行っていたのだ。エムと同じように。てつが我が家を去った後、庭でケージを家族四人で洗った。全員泣いていた。父も誰はばかることなく泣いていた。父の涙はあまり見たことがなかった…。
 てつのことがあまりにショックだったため、もう我が家で犬を飼うことはないんじゃないかと思った。それでも父はやはりどうしても犬が欲しかったらしい。ほどなくして、トラジロウが我が家に迎え入れられることが発表された。トラは元気で愛くるしい犬だった。食いしん坊だった。雄弁で表情豊かだった。その存在がどんなに私たちをなごませてくれたことか。無口な父も、トラを腹話術師の人形のようにして話すのだった。トラがあの世に行ってからは、また言葉少なな人に戻ってしまった…。
 …私はずっと思っていた。トラは生まれてすぐ両親や兄弟と別れ、我が家にやって来た。だからその分まで私たちが家族としてトラに接しようと。父が倒れて意識を失い、その肉体だけ病院に横たわっていたとき、我が家近くのその倒れた場所で、一匹の日本犬を見かけた。その瞬間、…天国で、トラが、「やっとよく知っている人が来たよ〜」と父の膝あたりにうれしそうに飛びかかり、父もまたうれしそうにしている白昼夢を見て、…トラが喜ぶなら、父があの世に行くのもやむを得ない、とその死を受け入れる覚悟ができた。

 劇場でトラの魂を見たのは、四代目の舞台が初めてではない。宝塚月組公演「バラの国の王子」。「美女と野獣」を原作としたこの作品で、明日海りおが“虎”を演じていた。そのかわいらしいしぐさが何だか、トラジロウに見えた。トラジロウは言っていた。
「お姉ちゃん! 犬好きに悪い人はいないよ!」
 …霊になったら犬もしゃべるのか…と思った。まあ、生きているときからしゃべっているように雄弁な犬ではあったけれども。

 「義経千本桜」の“四の切”では、家臣忠信の姿に化けて静御前と旅をしていた、その正体が実は狐であることが明かされる。静御前のもつ初音の鼓に狐の両親の皮が用いられていたため、姿を変えて鼓を追ってきていたのだ。切々と親恋しの思いを訴え、狐は宙へと飛び去ってゆく。観ながら、…私は、父のこと、父の愛した三匹の犬のことを考えていた。そして、人も犬もまた縁によって出逢うのだと思ったとき、…松竹座の上空に、“超覚醒”の瑞兆が見えたのだった。

(2月9日16時15分の部、大阪松竹座)
 「蜘蛛絲梓弦」で、童、薬売り、番頭、座頭、傾城と次々と姿を変えて舞う四代目市川猿之助は、最後に蜘蛛の精としての本性を現す。その登場の刹那、…かつて遊んだ熱海の紅葉の山の景色がぱーっと見えて、その中に在る一匹の蜘蛛を感じた。蜘蛛は蜘蛛として生きているのではない。自身をそう認識しているわけではない。蜘蛛はただあるがままに生きているだけであって、万物は世界と一つなのだ…と。以前私も横浜でそのように感じたことがあった。世界と一つである自分を感じた。そのときの感覚がさらに敷衍された。蜘蛛へと。…それでより生きやすくなる。世界と一つであることを常に感じて生きていけばいい。一人であって一人ではない。個体であって個体ではない。私も、蜘蛛も。

(7月9日11時の部、歌舞伎座)
 日本の空の玄関口、羽田空港国際線ターミナル4階には「江戸舞台」なるイベントスペースがある。そこで四代目猿之助が舞うというので、飛行機に乗る予定はないものの空港に行ってみたあひる(6月6日、13時半)。「静と知盛」「トーク」「独楽」というプログラム。…すごい人。観覧スペースは通路を区切って作られた椅子席&立ち見席。キャリーケースを引き引きお土産探しにやって来た人々がすぐ近くをひっきりなしに通ってゆく中、立ち見。熱気で自分の顔に流れる汗をふくのも厭わしく。そしてしばしば流れる空港おなじみのあのアナウンス。「アテンション、プリーズ」! 何度もうるさいわ! と思ったが、そこは本来飛行機に乗りに来た人々のための場所、乗り遅れぬよう注意を促すことが最重要なのだった。自分のアテンション舞台へプリーズ! と、過酷? な観劇条件の中、何とか集中に務めるあひる。この「江戸舞台」、二台のエスカレーターに挟まれていて、昇った先の5階スペースからは舞台に立った人の背中を見下ろすことができ、360度から見られてしまうという、踊り手にとってもかなりな条件の場所。…かと思いきや、四代目は、昔の商店風の街並みが並ぶショップスペース「江戸小路」を借景に見立て、そこに独楽を売りに来た独楽売りとして、涼しい顔で「独楽」を踊っているのだった。何とも風流な。…ふと、シェイクスピアの時代のグローブ座での観劇もこんなものだったかもしれない、そう思った。立ち見で屋根はなく、移動も自由。現代とは異なるマナーのもと、当時の観劇体験とはいかなるものだったのだろうか…。舞台が終わった後、同じ4階にある、江戸時代の日本橋を半分のスケールで模した総檜作りの「はねだ日本橋」を渡ったり、和風甘味を頂いたりしながら、江戸時代に思いを馳せ、そして、この空港で初めて“日本”にふれることとなる海外からの観光客はいかなる思いを抱くのだろう…と、ちょっと思ってみたり。
 「男の花道」は私の大好きな物語である。加賀屋歌右衛門は人気女方。医師・土生玄碩は、舞台を観ていて、その歌右衛門が失明の危機にあることを見抜く。江戸への道中、二人は出会う。歌右衛門は玄碩の説得によって手術を受けることに踏み切り、玄碩は見事これを治す。――時は移って。目さえ治せば日本一の役者になれるとの玄碩の言葉通り、歌右衛門は江戸で大人気を博している。一方、玄碩は人の口車に乗せられ、今すぐ宴席に来てほしいと歌右衛門に手紙を書く。来なかったなら、玄碩の命はない。そのときまさに歌右衛門は公演中。さて、玄碩の命の行方や如何――。その物語を、四代目市川猿之助が演じるという。五月、明治座に赴いた。
 観終わって。
「まずい! このままじゃ、『泣きました』しか書くことがない!」
 そんな恥ずかしい文章は公開しなくてよいのであるが。泣いて泣いて、ほとんど自分の中が空っぽになったよう。そして頭も痛かった。あひるの名誉のために言えば、劇場中泣いている人だらけ。よろよろと客席を後にしているときもなお、放心状態で座席に座ったままの人も。その人もやはり泣いていたことがわかったというのは、その鼻は、休憩中、化粧室の鏡に映った自分の鼻と同様に赤かったから。――呆然と家路に着き、半ば忸怩たる思い、半ば浮き浮きとした思いで、もう一回観に行く手配をした。そうしないと書けないもんね、と思って。本当のところは毎日観に行きたいくらいだった。でも、そうすると多分、毎日泣いて、五月の自分はほとんど廃人状態になってしまうだろうから、そこは自制。
 なにゆえそれほどまでにこの物語を愛するのか。それは、舞台上と客席との間に成り立つ友情を描く作品であるからだと思う。私は医師ではないが、土生玄碩のような人物になりたい。舞台上の人々に、「貴方は私にはこう見えます。表現はこう伝わっています」と伝えて、少しでも、人々が舞台に立つ上で感じる不安や恐怖などさまざまな感情を乗り越える手助けをしたい。玄碩は、歌右衛門の目を治しただけでなく、その心にあったさまざまな不安をも取り除いたという意味で名医なのである。そのような人物を目指したい。そんな私の心の根底には、…そうして、一本でも多くおもしろい舞台を観たい…という思いしかないのであるが。
 さて、こんなにも愛する「男の花道」であるが、疑問に感じる点もあった。
1)玄碩は何故、人の口車に乗って歌右衛門に来てほしいという手紙を書いてしまうのか
2)そして、歌右衛門は何故、舞台を降りて玄碩のところにやって来てしまうのか
 物語の根幹を成す二つの論点だからこそ、ここはクリアにしておきたい。クリアにして、物語をより深く楽しみたい。
 ――常々、疑問に思っていた。どうして玄碩はあの宴席で、自分は歌右衛門と友達なのだと言ってしまうのだろうかと。相手は権力を笠に着た嫌な人たちである。そんな相手に、自分が誰と仲良しであるか、言う必要なんてないではないか。その友情が大切であればあるこそ、守るためにも黙っておけばいいのに。…でも、今回、市川中車が演じる土生玄碩を観ていて、しみじみ思ったのである。相手との友情を誇りに思えばこそ、そして、相手もまた自分との友情を誇りに思っていてほしいと願えばこそ、言いたくなる気持ちもわかるな…と。それでもなおも思うのは、玄碩、友達の公演日時くらいちゃんと覚えておけ〜! ということなのだが。
 二つ目の疑問。歌右衛門は、たとえ権力者に呼ばれても宴席に来ない人である。それくらい、舞台という場を大切にしている。役者としての誇り高さ。その歌右衛門が舞台を降りて玄碩のところに来てしまうから、大問題なのである。中日劇場四月花形歌舞伎「雪之丞変化」で、四代目猿之助は人気女方・中村雪之丞を演じていたが、この作品でも、役者が軽んじて見られていたことが描かれている。雪之丞は、浪路に対し、貴方のような高貴なお方が役者を呼び出した以上、何を要求されてもこちらとしては抗えないと語る。それに対して浪路はただ、自分を名前で呼んでほしいと願うのである。雪之丞は、相手に人間扱いされないであろうと思うことで、逆に相手を人間扱いしていなかったようなものだが、相手が雪之丞に望んだのはただ、自分を人間扱いしてほしいということだけだったのである。二人が恋に落ちるのもむべなるかな。
 劇場以外の場所で個人的に会って話すような舞台人の友達が自分にいたとして、たとえ自分の命を救うためであっても舞台をほっぽりだして来てほしいかと思うと、難しいな…と。命を失うような事態を最大限自分としては防いで生きておくしかない、そう思う。それくらい、舞台を疎かにしてほしくないのである。公演をやっていない時間であっても、明日の公演に響くようならば、あえて会わなくてもいいとさえ思う。だって! たとえ今晩会って楽しく話したとして、明日の公演を観に行って、それが自分と会ったが為にボロボロになっていたようなことにでもなったら、嫌である。私は何も、玄碩の命なんか救われなくていいから歌右衛門の舞台を観続けていたいという極悪非道を思っているわけではないのだが。…さあ、私は今回、観客として、舞台を降りて友達の命を救いに行きたいという歌右衛門にいかに説得され得るだろうか――。
「玄碩先生に死なれたら、歌右衛門はもう、玄碩先生に芸を観てもらえなくなっちゃうんですよ!」
 …そのとき、最大の疑問は氷解したのだった。それは、歌右衛門にとってはとても困る事態だろうなと理解して。そして、もし自分が玄碩だったら、やはり生き続けて歌右衛門の舞台を観たいだろうなと思ったのだった。だからこそ、自分の命はきちんと自分で守っておかなくては、とも思うけれども。

 男と男の友情の物語である。けれども、疎外感はない。それは、「男の花道」という物語が、人と人との間に結ばれる美しい思いを、男女の関係なく普遍的に成立し得るものとして描いているからである。それに加えて、今回は、深い友情を結ぶ一方の加賀谷歌右衛門が女方であり、そして自身も女方を務める四代目市川猿之助が、その人物の造形に、己の女方としての信念を注ぎ込んでいるからなのだろうと思う。
 女方は、男性が、己の男性としての心と肉体とを用いて、女性性の美しさを讃え、これを描き出そうとする芸術形式である。その者の心には、女性性への深い敬意と愛情がある。その意味において、四代目猿之助演じる歌右衛門と玄碩との友情の物語は、男と男のみならず、男と女、女と女の友情の物語をも内包するものと成り得ているのである。
 そして、私がこの物語をこんなにも愛するのは、それが、舞台上のすべての“歌右衛門”と、客席のすべての“玄碩”との間に成立する、普遍的でいて実に壮大な広がりをもった愛の物語であると思うからである。芸を通じて、両者の心は通じ得る。芸を愛することで相手を愛する。芸を愛してくれる相手を愛する。
 日々、世界の劇場で、“歌右衛門”と“玄碩”の物語が成立していますように――。

 11月26日は、四代目市川猿之助がこの世に生を享けた日である。私は、彼の舞台に接すると、…何だろう、生きよう! とそう思うのである。圧倒的な生の肯定。劇場中を満たす彼の生体エネルギーの不思議を、これからも解き明かしていきたいと思うものである。
 三日月の朧月夜に――。

 月のような存在であると言われたことがあるという人に、「では、好きな月は?」と尋ねた。そして返ってきた答えは、「『黒塚』の月」。――四代目市川猿之助襲名を控えた亀治郎時代の記者会見でのこの問答が私はよくよく好きで、幾度となく反芻しては心の奥深く噛みしめる。才気に打たれた瞬間の清新な驚き。「香炉峰の雪は?」と問われた清少納言が、白楽天の詩を踏まえて御簾をさっと上げさせた「枕草子」のあの有名な件とは、あるいはこのような情景ではなかったかと想像する。

 日本のバレエ黎明期に関する文章を読んでいると、セルゲイ・ディアギレフ率いるバレエ・リュスによって上演されたミハイル・フォーキン振付の「だったん人の踊り」(1909年)が、世界初演からわずか17年後の大正15年(1926年)、宝塚歌劇団雪組によって日本初演されたこと(宝塚での演目名は「イーゴリ公」)、また、「黒塚」の老女岩手、実は安達原の鬼女の踊りには、この作品を初演した二代目市川猿之助が若き日に洋行して目にしたバレエ・リュスの舞台の影響のあることが記されている。二代目が実際に観たバレエ・リュスの演目が何であったのか、寡聞にして知るところではないが、その心理描写の深さにおいて、「黒塚」から私が連想するのは、「白鳥の湖」なのであった。――白鳥も見た。黒鳥も見た。そして、人の白鳥とも、黒鳥ともなった。そして今、「白鳥の湖」第四幕に思うこととは、他者からの攻撃への逆襲という形では決してない、ただ、愛する者同士がこの世に愛をつなぎとめるための純粋な闘いが描かれるべきであるということである。第四幕の、激しく乱高下して心を揺さぶるあのチャイコフスキーの音楽を、私はそのように聴く。そして、愛すれば愛するほど心からとめどなく深く湧き上がってやまない愛のその力によって、ここに記す。今、一羽の黒鳥も目にするものではなく、私自身、誰にとっての黒鳥でもない、と。
 「黒塚」の老女岩手は、都に上ったきりの夫に見捨てられ、奥州安達原に長らく一人で生きている。彼女の住まう芒の原に、弟子たちを連れて阿闍梨祐慶がやって来る。阿闍梨の言葉に心晴れる思いの老女。三日月に照らし出され、老女は、「ラ・バヤデール」の永遠の“影の王国”をも思い起こさせるつづら折りの道を歩く。老いる以前の女性としての艶めかしさをもはっきりとうかがわせるその姿に、――美しい――、その一言しかない。月明かりの下、四代目の岩手は音となって舞う。人に受け入れられ、理解された愉悦。――彼女の閨に人骨があること、すなわち、彼女こそが人を喰う安達原の鬼女であると阿闍梨に知られたことから、愉悦は絶望へと変わる。その心の内の嵐をも思わせる三味線の調べ。
 ――分かられたいのか、分かられたくないのか。それは、人の心の中の謎の一つである。分かってもらえないと思っていた部分を理解されて愉悦を感じることもあれば、理解されたくない部分まで分かられて“鬼”ともなることもあるかもしれない。ただ、私自身の話をするならば。――もっとも心で通じてしまう相手の場合、それはもう、ときに不都合なほどすべてが伝わってしまうのである。自分自身にさえ隠しておきたいような負の思いまでも。そして、そんな卑屈さや自信のなさが伝わると、相手は怒るのである。怒られないためにはどうしたらいいのだろう。そう考えて私は、自分の心の中からそのような卑屈さをなくしていくしかないとの結論に達したのだった。隠そうとしたって伝わってしまうものとは、訣別してゆくしかないではないか。今の自分がそのような負の感情と完璧に訣別できたかどうかはわからないけれども。
 そして、それほどまでに心が通じてしまう相手と向き合うということは、神と向き合うことにも通じると考えるようになった。全知全能の存在がこの世に在るとするならば、その存在の前で、心のすべては見透かされてしまう。だからと言って、心が通じるその相手、その人を、神のように崇めるということでは決してない。その人が私と同じ人間であればこそ、ときにその人自身、伝わってほしくないような思いにとらわれるかもしれない人間であるからこそ、私はその人に分かられたいのだろうと思う。
 ――その人が私をどう支えていたのか、貴方は訊ねる。大変興味深いことに、貴方は「How」で始まる問いの多い人である。そのことに気づいて、私は咄嗟に、「How」で始まる二つの歌、「How Deep Is Your Love?」と「How Do You Want Me To Love You?」を思い出したのだった。私がきっちり返答する前に、貴方は自分自身で見事にその答えに到達しつつあるけれども、ただ、付け加えるならば。その人は、文章を認めた後、ときに心に嵐吹き荒れる私の取り扱いに、大変長けているのである。――書いている。そのときは、こう書くしかないと書いている。私の内に塊として浮かぶがままを書いている。今、このときも。その言葉がこの世に存在しなくてはならないということについて、私は大変確信がある。ときにほとんど自動筆記のような具合である。ただ、書き終わって、その言葉が私から切り離されたとき、たまさか大混乱が生ずる。その言葉を自分自身が書いたとは到底思えないときもある。その言葉をこの世に生み出したのがどうして自分でなくてはならなかったのか、幾日も幾日も苦悶するときもある。それでも、その言葉をこの世に存在せしめたのが自分自身である以上、すべての言葉は、私が生涯背負い続ける十字架である。
 ――その人は、私の心がときにそうして苦しみ叫ぶのを知っていて、そんな私を宥め、落ち着かせた上で、それでもなお、私が書くことを願う人なのである。その言葉を愛するからこそ。その言葉が自分の魂にとって糧になるからこそ。書く道に私が生かされていることを深く理解するからこそ。

 話がすっかり、猿之助の「黒塚」から離れてしまった。
 月明かりの下、四代目の岩手は音となって舞う、舞う。そして、閨の内は見ないとの約束を裏切られたと知って絶望し、鬼としての本性を現して去る。超常性を示して後ろざまに切るトンボ。――観ていてほとんど嫉妬しかない。この人は、才気にあふれるのみならず、身体もまたその才気の通り動く人なのである。そして、いとも軽やかに性別をも超える。
 ――四代目の演じる鬼を観ていて、しばしば、私はそこに、自分自身の内に棲まいし鬼を見る。そして、そこに鬼が見えているということは、今、自分自身は鬼とはなっていないということだと、安堵する。内なる鬼。――幼き日、私の愛する人々を苦しめるとある人物――女性である――に対し、…この世からいなくなればいいのに…と、長らく本気で思っていた。昨秋、四代目が「夏姿女團七」で演じたお梶を観ていて、殺したいとまでは決して考えていなかったと思ったけれども。その人物とは結局、相手がこの世からいなくなってしまう少し前に、和解することができたのだった。私はずっと、相手に対して求めていた。家制度における役割とかそういったものに囚われるのではなく、人と人として私に向き合うことを。そして、十年以上の長い歳月をかけて、願いは叶えられたのだった。ただ、その人物が為、私は、それ以前の日本の女は、家なるものに不自由に縛られたつまらない存在に過ぎないのだろうと思い込んだ。その認識が、私を伝統芸能一般から遠ざけてきた。自分は間違っていたのだと、四代目市川猿之助の舞台に教えられる。かつてあの銃声が私の内なる幻想を消し去ったように、幼き日より内に棲まいし鬼と、今、ここに訣別する。
 ――目の前に繰り広げられる情景に見入りながら、私は、鬼女とも、阿闍梨ともなり、ただ、頬に涙が落つるに任せていた。

(1月8日夜の部、歌舞伎座)
 芸に生きる人を、芸に生きる人が演じる。それ以上の取り合わせの妙があるだろうか。――四月花形歌舞伎「雪之丞変化」(中日劇場)で、芸と剣の道に燃える女方、中村雪之丞を演じる市川猿之助の話である。
 虚実入り乱れ、観る者と観られる者とが至福の恋に落ち、手に手を取っての道行。女方として劇中劇を演じる姿はあくまでも艶めかしく、恋する女にこの手を決して離すなと告げる様はどこまでも凛々しく。その姿に、芸に生きる者の決意が二重に映し出されて像を結ぶ。鮮烈な芸術家宣言の舞台である。恐らくは、明治座での五月花形歌舞伎公演「男の花道」へとも続く。物語展開にきっちり生かされた早替わり。上空、行って、帰っての宙乗りにも大いに趣向が凝らされている。
 剣の師匠、脇田一松斎に剣術の奥義を授けられ、雪之丞は、その心が芸にもまた生かされ得ることを悟る。――観ていて何だか、二年前の宝塚雪組中日劇場公演「若き日の唄は忘れじ」を思い出す舞台なのだった。
 四代目で観たい役が一つ増えた、と思った。歌舞伎作品ではない、とある美女の役。第一幕幕切れ、演技論とも取れるあのセリフも、凄絶に美しく響かせることだろう。

(4月17日11時の部、中日劇場)
 自分の中の男性性と女性性を思いっきり解放できる、エロスと笑いにあふれる舞台に餓えていたのだと、十月、十一月、「市川猿之助奮闘連続公演」を新橋演舞場と明治座で観て、つくづく思ったのだった…。渇ききっていた心と身体に命の水が降り注がれて、ようやく息を吹き返したような思い。
 それにしてもかわゆい人である。十月昼の部の「金幣猿島郡」の清姫あたりの、恋して、拗ねたりなんかしている女のかわゆさを見せたら、天下一品。思わず顔がほころんでしまう。十一月昼の部の「夏姿女團七」で演じたお梶が、義母のおとらを殺めた後、必死の形相で井戸の水を汲んで身づくろいをする様には、性の境界を超えて、そこに生きて動いている存在がただただ愛おしくてならなかった。そして、十一月夜の部の「通し狂言 四天王楓江戸粧」で、“女に化けた狐”に化けた姿を観たときのあの思い。毛の着ぐるみをまとい、格子窓の向こうへとしなやかに身をくねらせて消えていったのを目の当たりにしたとき、自分の中で何だか新たな扉が開いたのを感じずにはいられなかった。生き物のエロティシズム。
 十月夜の部の「通し狂言 獨道中五十三驛」の大詰では、恋し合う長吉とお半の双方を、入れ代わり立ち代わり、早替わりで見せるけれども、その姿に思い出したのは、2年前に引用したヤン・コットの言葉だった。
 「変装はもっと深い意味で悪魔的発想に根ざしている。それは自らの肉体と自らの性という限界を越えたいという、人間の夢の実現なのだ。それは、自己が自己の相手となり、官能の快楽をいわば相手の側からながめ経験するといった、エロティックな体験についての夢である。こういう体験においては、自己が自己であって同時に他者である――自己に似ていながらしかも違っているような他者である」(「シェイクスピアはわれらの同時代人」収録の「シェイクスピアの苦きアルカディア」より)
 ここでの早替わりは、このコットの言葉をそのまま体現する機能を具える。歌舞伎の深奥を思い知らされた瞬間だった。そして。――あの技ができる役者は、私の知り得る限り、今のところ、この世に壮一帆とただ二人だけである。ぐわっと視界が拓ける、あの――。
 男に女にあやかしに狐に。さまざまな顔を観ることができて、本当にお得でおいしい二カ月公演だった。そして、次も――。四代目市川猿之助が舞台で生きて動いている姿を観ると、私はただただ、彼が今の世に生まれて生きていること、そして、自分もまた同じ時代に生まれて生きていることに、深く感謝せずにはいられないのである。
 いつぞや書いた文章がまざまざと具現化される舞台を目の当たりにして、今宵、至福の一時。